アジアシリーズが描く「アジア」の変容 市村作知雄×河合千佳 対談
アジアシリーズが描く「アジア」の変容 市村作知雄×河合千佳 対談
フェスティバル/トーキョーでは、2014年以来、毎年「アジアシリーズ」としてアジア各国で先進的な活動を行う若いアーティストを招聘してきた。これまで、韓国、ミャンマー、マレーシア、そして中国と、4カ国を特集してきたこのシリーズの足跡を、『境界を越えて~アジアシリーズのこれまでとこれから~』では、映像上映によって振り返る。いまだヨーロッパを中心とした価値観が残る舞台芸術において、アジアにフォーカスする価値とは何だったのだろうか? そして、アジアを取り上げてきたことで見えてきたものは何だったのか? 前ディレクターの市村作知雄と、現在の共同ディレクターであり、アジアシリーズのほぼすべてに携わってきた河合千佳に聞いた。
同じ感覚を共有する アジアのアーティスト
ーF/T14から、新たな試みとして「アジアシリーズ」が開催されてきました。まずは、この歴史を振り返ってみたいと思います。
市村 アジアシリーズの第1弾となった「韓国特集」は、良好なネットワークがあった韓国の「フェスティバル・ボム」との協力によって生み出されたプログラムでした。韓国では、当時「多元芸術」と呼ばれる既存のジャンルを越境するような新しいアートの動きが盛り上がっており、そこから新しいタイプのアーティストが数多く生み出されていったんです。
そして、2015年の「ミャンマー特集」から、F/Tでは「境界」「新しい人」というプログラムのコンセプトを掲げ、アジアシリーズでもこのテーマに沿った若いアーティストを招聘するようになります。ただ、現地で行われている演劇作品の多くは旧来型の保守的な作品ばかり。「新しい人」がいないんです。そこで、実際にリサーチに行き現地の文化を観察していると、クラブを通して若者たちが生み出す新しい文化が見えてきました。ここにこそ、ミャンマーの「新しい人」がいるのではないかと考え、演劇、映画、音楽が交差する『ラウンドアバウト・イン・ヤンゴン』を実施したんです。
ーそして、多民族多言語性やグローバル化による経済成長が著しい「マレーシア特集」に続き、2017年の中国特集では「チャイナ・ニューパワー−中国ミレニアル世代−」として、80年代生まれのアーティストを取り上げています。
市村 中国特集は、これまで日本人が抱いていた中国に対するイメージを狂わせるものとして、とても大きな成果をあげました。特に、ミレニアル世代は、10代の頃にはインターネットが発達を遂げていた世代であり、情報が均一化した世界の住人です。
河合 スン・シャオシンによる『恋 の 骨 折 り 損 ―空愛①場―』で描かれている、中国のミレニアル世代は、厳しいインターネットの規制をかいくぐりながらオンラインショッピングをしたり、海外のポップカルチャーを享受しています。日本のアニメも、過去のものばかりではなく最新のものが楽しめるんです。彼らと現場で一緒に仕事をする中で、ほとんど同じ感覚を持っているということに改めて気づかされた。ミャンマーも中国も、政治的な状況は日本と全く異なりますが、人の感覚そのものは変わらないんです。
『恋 の 骨 折 り 損 ―空愛①場― 』Photo:Hibiki Miyazawa(Alloposidae)
ネットがもたらしたアジアの変容
ー『ラウンドアバウト・イン・ヤンゴン』で上演したニャンリンテッの作品では「国家」が語られ、マレーシアのインスタントカフェ・シアターカンパニー『NADIRAH』では、多文化・他宗教の中で生きる人々のリアリティが語られるなど、アジアシリーズで上演された作品には「政治」や「社会」にフォーカスをした作品が多くあります。あえて、そのようなテーマを設けていたのでしょうか?
市村 あえてテーマに設定したわけではなく、自然とそうなっていきました。特に、ミャンマーのアーティストの作品から感じたのは、彼らにとって、芸術と政治が分け隔てられていないこと。『彼は言った/彼女は言った』を上演したモ・サのパフォーマンスにも、身体に巻き付けた国旗から、イギリス、日本など各国に植民地化されたミャンマーの歴史を振り返るというシーンがあります。日本では「これは芸術」「これは政治」と、別のジャンルとして区分けされていますが、アジアのアーティストにとっては、「芸術」の中には政治も社会も分け隔てなく入っている。むしろ、それらを区分けするのは、日本の特殊な発想なのかもしれません。
ー過去5年にわたりアジアシリーズを開催する中で、「アジア」という意味そのものも変わっていったのでしょうか?
河合 モ・サが開催しているフェスティバル『ビヨンド・プレッシャー』を視察したところ、代々木公園のような野外フェスティバルで、ポエム、ダンス、書、パフォーミングアートなど、そのジャンルレスな内容に驚きました。日本では、演劇やダンスなどそれぞれのジャンルが長い歴史を持って。います。しかし、彼らは、インターネットがあるおかげで、そんな歴史の重さをすり抜け、軽やかに現代と過去を接続したり、国内と国外がつながってしまう。時間も空間も飛び越えるその柔軟さには、衝撃を受けました。
市村 ミャンマーでもマレーシアでも、都市部ではスマートフォンやタブレットで情報を取得するのが当たり前。情報の格差がなくなることで、地域、国や民族の意味も変わっていきます。中国のアーティストだからといって中国で生活している必要はない。彼らの世代は、世界のどこにいても活動できます。そんな人々が、これから20年を経て、世界の中核を担うようになっていく。その時、どのような社会になっていくのかを考えていかなければなりません。
河合 韓国特集の頃から、イム・ジエの『1分の中の10年』のように、もはや、出演者の国籍も活動拠点もバラバラという作品は数多く、舞台芸術を国という単位では語ることに意味がなくなりつつある。そのため、今年のアジアシリーズからは「トランス・フィールド」として国の枠組みを外し、ウェブサイトやチラシでも表記をシンプルにしたんです。今後も、この方向は継続していこうと考えています。
『1分の中の10年』Photo:松本 和幸
ーでは、アジアシリーズの取り組みを通じて、日本の観客にはどのような変化があったのでしょうか?
河合 もともと、アジア圏の演目は集客に苦戦していました。しかし、そんな流れが、16年のマレーシア特集くらいから徐々に変わっていきます。ヨーロッパで生まれた世界的に有名な演出家による作品ばかりでなく、アジアの作品にも注目が集まるようになっていったのは大きな変化ですね。
映像の「つまみ食い」を新たな舞台の入り口に
ー映像でアジアシリーズを振り返るにあたり、鑑賞のポイントはありますか?
河合 ソ・ヒョンソクによる『From the Sea』は、上演とは異なった体験をすることができます。ツアー形式で、俳優と1対1で街を歩きながら行われるこの作品は、単なる記録映像としてではなく、まるで映像作品のような仕上がりです。上演とは異なった魅力がありますね。
また、劇場での上演では字幕と一緒に舞台を追うのは慣れていないと大変ですが、映像であれば一つの画面で字幕と上演をじっくりと見れる。その意味では、クリエイティブ・ヴァキによる『いくつかの方式の会話』や、インスタントカフェ・シアターカンパニーの『NADIRAH』などはとても見やすい。また、3人のダンサーが集い、それぞれが持つ動きのアーカイブを見つめ直したイム・ジエの『1分の中の10年』も、映像だからこそ3者の身体の違いをじっくりと楽しむことができます。
ー今回は、スクリーンでの上映だけでなく、リラックスした空間でタブレットで楽しめるなど、さまざまなバリエーションの視聴環境が用意されています。来場者にはどのように楽しんでほしいでしょうか?
河合 ミャンマー特集で上演された『ラウンドアバウト・イン・ヤンゴン(B)』は、クラブのような劇場空間で生み出された音を楽しんでもらえるように視聴環境を工夫しています。チェン・ティエンジュオの『忉利天(とうりてん)』や、スン・シャオシンの『恋 の 骨 折 り 損 ―空愛①場― 』など、中国のアーティストによる作品は、どれも、凝りに凝った小道具や衣装が使われているので、細かい作り込みまで楽しんでほしいです。
ただ、作り手の意図とは異なるかもしれませんが、興味があるものをつまみ食いすることができるのも映像が持つメリットのひとつ。歴代のアジアシリーズをすべて見ると10時間以上になってしまいますが、映像だからこそ、観客それぞれの興味をもとに、いくつもの作品の断片を楽しめる。それは、劇場とは異なった舞台作品の鑑賞方法であり、舞台への新たな入り口になるかもしれないと期待しているんです。
ー今回の取り組みは、単純にアジアシリーズを振り返るだけでなく、アーカイブの活用方法を探る実験の意味もあるんですね。
河合 F/Tも10年の歴史を積み重ねており、膨大な記録が蓄積しています。これらをどのようにオープンにしていくのかは今後の課題です。アーカイブの活用方法という意味でも、ひとつのきっかけにしていきたいですね。
(文:萩原雄太)
アジアシリーズ vol.5 トランス・フィールド 境界を越えて~アジアシリーズのこれまでとこれから~
公演名 | アジアシリーズ vol.5 トランス・フィールド 境界を越えて~アジアシリーズのこれまでとこれから~ |
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日程 | 11/8(Thu)~11/11(Sun) |
会場 | 東京芸術劇場 シアターイースト |
国際舞台芸術祭フェスティバル/トーキョー18
名称 | フェスティバル/トーキョー18 Festival/Tokyo 2018 |
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会期 | 平成30年(2018年)10月13日(土)~11月18日(日)37日間 |
会場 | 東京芸術劇場、あうるすぽっと、南池袋公園ほか |