池袋の虹
池袋の虹 『Family Regained: The Picnic』
昨年、森栄喜がフェスティバル/トーキョーのまちなかパフォーマンスシリーズで上映した『Family Regained: The Picnic』(2017年)は13分ほどの映像作品で、人々が行き交う池袋の街中で撮影されている。登場するのは、森自身と、もう1人同い年くらいの男性、そして小学生くらいの男の子の3人だ。彼らはマレーシアのファッションブランド「モト・ゴー」が森の依頼を受けてデザインした真っ赤な衣装に、おそろいの真っ赤なコンバースのスニーカーを履き、インスタントカメラを片手に街中を歩く。彼らが道行く人にお願いするのは、そのインスタントカメラで自分たちのポートレイトを撮ってもらうこと。偶然、彼らの依頼を受けた人々にしてみれば、まるで記念写真のようなポートレイトは、真っ赤な3人にとっては「家族写真」だ。
この『Family Regained: The Picnic』という映像作品は、「Family Regained」(2017年)という写真作品のシリーズから生まれている。このシリーズで森は、夫婦やカップル、友人など、親しい人々と自らをセルフタイマーで撮影し、イメージ全体を赤くプリントした。多くの作品は被写体となった人々が暮らしている家の中で撮影され、家族写真のような体裁となっている。森が「家族写真」に一緒に写り込むことで浮かび上がるのは、家族という枠組みそのもの。森は被写体となった人々が普段身につけている衣服を借りて撮影に臨み、ポーズもどこか似せているため、違和感なく溶け込んでいることも多いが、かえってその微妙な差異が根本的な問いを投げかけてくる。家族とは、いったい何だろうかと。
森には『Wedding Politics -Sugamo-』(2015年)という『Family Regained: The Picnic』とよく似た構造を持つ映像作品がある。当時のパートナーと始めた、同性婚の実現を訴えるプロジェクト「Wedding Politics」(2013~16年)の一環として制作されたこの映像作品は、年輩の買い物客でにぎわう巣鴨の商店街で撮影されている。森たちは結婚衣装に見立てた、おそろいの白いタンクトップに着替えて街中を歩き、偶然通りかかる人々にインスタントカメラで自分たちの撮影を依頼する。映像には素気なく断られる様子も写っているが、多くの人々は巣鴨では少し風変わりな格好をした2人のお願いを快く聞き入れ、インスタントカメラのシャッターを切る。2人にとっては「結婚記念写真」だが、シャッターを切った人々の目にはどのように映っていたのだろうか。
《Family Regained: The Picnic》は池袋、《Wedding Politics -Sugamo-》は巣鴨と、どちらも豊島区内で撮影されている。2015年に渋谷区で日本初の自治体による同性間のパートナーシップを認める条例が施行されたが、両作品の舞台となった豊島区では、今年の7月に請願が採択され、[1]9月の区議会で区長がパートナーシップ制度の導入を表明したばかりだ。[2]「アーティストが思い描く理想や想像と社会の現実は、多少時差はあるかもしれないけど、本来、パラレルに進むべきだと思うんです。でも、近年は自分の理想に対して、現実の動きが後退しているようにさえ感じます」[3]と、森はあるインタビューで述べているが、最近では現職の衆議院議員が月刊誌に寄稿した文章の中で「行政がLGBTに関する条例や要綱を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです」[4]とLGBTをめぐる大手メディアの報道姿勢を批判し、LGBTの人々に対する法的整備についても否定的な意見を述べるなど、森の危惧が現実のものとなってしまうような出来事も起こっている。
『Family Regained: The Picnic』は、インスタントカメラの最後の1枚を撮り終えた森が、「家に帰ろう」と2人に呼びかけて終わりを迎える。映像の後には、「ピクニック」中に撮影した写真がやはり赤くプリントされ、スライドで流れる。最後に森が撮っていたのは、なかよくじゃれ合う2人の姿だ。図らずも記念写真のようになった1枚に写る2人は、まるで親子のように見えるかもしれない。そこに再び森が加わったとき、果たして3人の姿はどのように見えるだろうか?「家族にパパが2人いる風景っていまは異質かもしれないけど、10年後には普通のことになっているかもしれない。この赤が異質ではなくなる未来を願っています」[5] と前出のインタビューで森は述べている。フェスティバル/トーキョーの会期中、『Family Regained: The Picnic』は池袋西口公園と豊島区庁舎の2か所で上映された。公園に設置された大きなスクリーンと庁舎入口の小さなモニターから放たれる真っ赤な光は、森の声を代弁するかのように、水たまりや自動ドアに反射して人々が行き交う街中へと広がってゆく。
街中で声を上げること。それは森が『Family Regained: The Picnic』に先立って発表した映像作品『Family Regained: The Splash -We brush our teeth, take a shower, put on pajamas and go out into the street』(2017年)のテーマの1つでもあった。15分あまりの映像作品の中で、デイヴィッド・ホックニーを彷彿とさせる白と黒のボーター柄のカットソーを着た森は、[6]バスタブの中で「ピクニック」にも登場する男性の歯を磨き、体を洗い、パジャマに着替えさせ、そのままの姿で一緒に街中へと繰り出してゆく。そこには、1969年にニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」で警察の不当な捜査に対して初めて抗議の声を上げ、その声を広げていった性的マイノリティの人々の姿が重ねられている。アメリカでは続く70年代に同性愛者の権利獲得運動が盛り上がりを見せたが、80年代に入るとエイズ発症者数の増加に伴って生じた混乱から、停滞を余儀なくされてしまった。森は70年代に人々が描いた理想に思いを馳せ、相手を慈しむような親密な手ぶりで、バスタブの中からその理想を今に呼び起こす。失なわれたものを、再び失われつつあるものを「取り戻す(regain)」ように。
池袋をピクニック中に出会った1人が持っていた傘には、偶然にも虹色の縁取りがされていて、ほんの一瞬だが、カメラは虹を写す。画面を横切る偶然の虹。今年はこの街にどんな虹が架かるのだろうか。
F/T18『Family Regained: The Picnic』より
[1] 平成30年第2回豊島区議会定例会において、30請願第3号「豊島区における『パートナーシップの宣誓制度』創設に関する請願」と30請願第4号「豊島区の区営住宅に『同性パートナー』も入居できるよう求める請願」が採択された。以下の豊島区議会のウェブサイトを参照。 https://www.city.toshima.lg.jp/367/kuse/gikai/kekka/h28/1807171033.html (最終閲覧日:2018年9月20日)
[2] 平成30年第3回豊島区議会定例会本会議における高野之夫区長の発言。以下の毎日新聞による報道を参照。「豊島区も『パートナーシップ制度』導入へ」https://mainichi.jp/articles/20180920/k00/00m/040/093000c (最終閲覧日:2018年9月20日)
[3] ライターの島貫泰介によるインタビューでの森の発言より。『美術手帖』2017年11月号、55頁。
[4] 杉田水脈「『LGBT』支援の度が過ぎる」『新潮45』2018年8月号、59頁。
[5] 『美術手帖』前掲書、54頁。
[6] タイトルの「The Splash」はデイヴィッド・ホックニーがカリフォルニア滞在中の1967年に描いた《A Bigger Splash》から引用されている。カリフォルニアでホックニーはプールをモチーフにした作品を数多く制作した。その中には、ホックニーの当時のパートナー、ピーター・シュレシンジャーがモデルとして登場している作品もあり、ホックニーにとって一つの幸福な時代が描かれている。《A Bigger Splash》は飛び込みの水しぶきを中央に据えた、プールの連作の代表作。
(文:伊藤貴弘(東京都写真美術館 学芸員))
伊藤 貴弘
東京都写真美術館学芸員。1986年東京生まれ。武蔵野美術大学美術館・図書館を経て、2013年より東京都写真美術館に学芸員として勤務。主な企画展に「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」展、「いま、ここにいる―平成をスクロールする 春期」展など。
まちなかパフォーマンスシリーズ
A Poet: We See a Rainbow
(ア・ポエット:ウィー・シー・ア・レインボー)
作・演出・出演 | 森 栄喜 |
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日程 | 10/20(Sat)17:00 / 20:00 ※予約優先 10/21(Sun)15:00 10/22(Mon)15:30 / 18:00 |
会場 | 10/20(Sat)ジュンク堂書店 池袋本店 9階ギャラリースペース 10/21(Sun)南池袋公園 サクラテラス 10/22(Mon)東京芸術劇場 劇場前広場 / 東京芸術劇場 ロワー広場 |
写真家 森 栄喜