>   > ばらばらでいながら、そろう。――白神ももこインタビュー 
2020/10/23

ばらばらでいながら、そろう。――白神ももこインタビュー 

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(取材・文=住吉智恵/撮影=鈴木渉)

 振付家・演出家 白神ももこによる、ほっこりさせる親密感と笑みを誘う生まじめさが絶妙の塩梅で共存する独特の世界を展開してきたモモンガ・コンプレックスが、新作『わたしたちは、そろっている。』を上演する。


  モモンガ・コンプレックス(以下、モモコン)は、白神ももこと、衣裳デザインや保育士、イラストレーター、バリスタなど、それぞれ異なる職能を持つ多彩なパフォーマーで構成される「ダンス・パフォーマンス的グループ」である。一見無意味でとるに足らない日常的な事象に焦点を合わせ、水が低きに流れるように自然だが目をそらさない求心力で観るものを現実の向こう側に運んでゆく作品世界は、近年特に音楽家との恊働を取り入れ、ますます良い塩梅で熟成してきた。


 「観察型ミュージカル的ダンス・パフォーマンス」と題された新作は、シアターイーストの空間全体を使った回遊式作品だ。出演者たちは会場内に点在する自分の「個室」で、6時間にわたってそれぞれのパフォーマンスを繰り広げる。個室は劇場内に6部屋、ロビーに1部屋あり、観客はその周辺を自由に回遊する形となる。60分ずつの入れ替え制で1日3回公演だが、内容は3回とも違うものになる。

モモンガ・コンプレックス稽古風景

 「お客さんは場所や時間によってまったく違うものを観ることになります。それぞれがバラバラなことをやっているのに、それでも“私たちはそろっている”と言い切りたい。並列化される揃い方ではなく、地球的には共に存在し揃っていると。それはモモコンが10年かけて追いかけてきたテーマでもあります。同じ時間・同じ場所にいても、私たちは同じものは見ていない」と白神は語る。


 これまで白神とモモコンは、劇場公演だけでなく屋外やギャラリーなどさまざまな空間で、「見えないこと」をテーマに作品を発表してきた。『遠くから見ていたのに見えない。』(2017年 BankART Studio NYK)、『幻想曲』(2020年 キラリ☆ふじみ)、そしてコロナ禍にオンラインで配信された『モガ渓谷』(2020年 キラリ☆ふじみ)。 いずれも客席の位置によって舞台に死角があったり、ライブ感満載なのに全貌が見えないなど、観るものをむずむずさせるような心憎い仕掛けが施されていた。劇場に身体を運びさえすれば、見切れなしで舞台の全体像を見渡せることが当たり前であった上演のありように、ここ数年にわたり一石を投じてきたのだ。

モモンガ・コンプレックス稽古風景

 本作ではさらに「配信公演」のありように対しても果敢に挑んでいる。各回のインターバル90分の無観客の時間、スタッフが消毒や転換の作業を行うあいだも、演者たちは自身の個室でパフォーマンスを続けるかもしれないし続けないかもしれない。ただし、この時間も6時間ぶっ通しでライブ配信が行われ、舞台空間は「個室」でありながらも隈なく注視されうる。これはもはやグローバルスタンダード化した、会議も飲み会も芸術鑑賞も「終日オンライン一択」の“コロナシフト”に似ていなくもない。

 「お客さんは一度に1人のパフォーマンスしか観られないので、あれ見逃した?とか、ああ!あっちにいれば(涙)という事態もあり得ますが、そこを想像で補うことになります。あいつどうしてるかな、もしかしたらいま猛烈に踊ってんじゃないか、と演者のことをたまに思い出したりして、マインドを切り替えながら観てほしい」と白神はいつものように飄々と答えてくれた。

 もちろん「観察型」とは演じる側だけのことではない。配信のカメラはパフォーマーだけでなく観客の反応や動きもつぶさに捉えている。「生き物の習性みたいに、光ってるところに集まるとか、音がする方角へ向かうとか」(白神)、客席に座ったままの観劇とは違う、回遊式ならではの単独行動の特徴もあらわになることだろう。


 このようにフィジカルにもソーシャルにも新しい“距離感”を織り込んだ本作の構成は、平安時代に編まれた『伊勢物語』を始めとする歌物語を意識して創作されている。『伊勢物語』が貴族で歌人の在原業平を軸とするのに対し、この歌物語の主人公は離れている個々の出演者であり、共に新しい日常を生きている群像でもある。さらに彼らの歌のやり取りに呼応する形で、事前にオンラインで短歌を募集することを構想中だという(10/15現在)。

モモンガ・コンプレックス稽古風景

 音楽監督に作曲家・西井夕紀子を迎えた本作では、楽曲と共にスケッチ(場面)の数々を紡いでいくミュージカル的な演出も見どころの1つだ。ミュージシャン4名(ピアノ1名、歌手3名)のライブ演奏が、同時進行する「個室」のパフォーマンスをふわりと覆い、空間と時間を貫くこととなる。

 「今回はダンサー個々に振り付けているので、(群舞やユニゾンのような)揃った振付はなく、ダンスの醍醐味的なシーンは少ないです。オリジナルの楽曲と歌唱を頼りに進行し、音だけが空間にいる人みんなに等しく降り注ぐ形になります」と白神。

 「ミュージカル的ダンス・パフォーマンス」と銘打ってはいるが、本作の時間の流れ方はいわゆるミュージカルやジャズセッションのような丁々発止の掛け合いとはまったく違うものになるはずだ。(リハーサルを観た印象では)そこにたゆたうのは、平安貴族の恋文のように、離れ離れの「個室」の御簾の奥に隠れた演者たちがじっくりと考えて歌を詠み、返歌を投げ合う悠久の時間である。


 本作の時間軸について構想を練っていたとき、白神は2019年にベネチア・ビエンナーレのリトアニア館で観たインスタレーション『Sun & Sea(Marina)』を思い出したという。これはリトアニアの女性アーティスト3人によるオペラパフォーマンスを盛り込んだ作品で、この年の最優秀パビリオンに贈られる金獅子賞を受賞した。中世から使われている海軍施設のなかに仮設のビーチが造られ、思い思いに海水浴を楽しむ人々に扮したオペラの俳優たちが、環境破壊や労働問題などについてかわるがわる歌いあう。鑑賞者はその様子を上階の回廊からジオラマのように俯瞰的に覗き込む。

 この作品の時間の流れ方と観客との距離感に美しさを感じたという白神は、パフォーミングアーツや劇場の機構が今後どのように変化していくべきかを考える上でもヒントにした、と語っている。

モモンガ・コンプレックス稽古風景

 コロナ禍のこの機に満を持して上演される『わたしたちは、そろっている。』。本作の何よりも大きなチャレンジとは、従来の舞台上演とは異なり、作品世界における人物や事象の「関係性」や「コンテクスト」を俯瞰的に見づらいということに尽きる。同時にこれらは、頭数を揃えて集まることが困難になった現在の社会で、私たちがいまにも見失ってしまいそうな物事の本質ともいえる。

 「自律的に発信することや、お互いの波動によって影響し合うことがこれからもっと大事になると思います。それぞれの波動には強いも弱いも速いも遅いも関係なく、受け止めるアンテナである身体がそれぞれのカタチで立っていることを知る、それでいいと思います」と白神は語る。

 私たちは生まれながらにして、独自で、多様で、心地よく離れている。だからこそ互いの姿や心がよく見えるし、混ざり合うことなく想像することができる。本作はそんなことを問いかけてくる作品である。



(取材・文=住吉智恵/撮影=鈴木渉)

モモンガ・コンプレックス

モモンガ・コンプレックス

白神ももこと、衣裳デザインや保育士、イラストレーター、バリスタなど、それぞれに異なる職能を持つ多彩なパフォーマーで構成される「ダンス・パフォーマンス的グループ」。
2005年に活動を開始、日常生活の中の些細な出来事、個人史、小さな願望から着想したダンス作品を発表する。シンプルでくだらないことの中に本質を見出し、親しみやすさと人生のぬかるみを共存させた作品群は、コンテンポラリー・ダンス界でもひときわ異彩を放つ。

白神ももこ

白神ももこ

桜美林大学文学部総合文化学科卒業後、「モモンガ・コンプレックス」を結成、全作品の構成・振付・演出を担当。無意味、無駄を積極的に取り込み、ユニークで豊穣な身体、空間を立ち上げる。フェスティバル/トーキョーではF/Tモブ(12)の振付、F/T14『春の祭典』の総合演出・振付を手がけている。近作に、キラリ☆ふじみダンスカフェスペシャルコラボレーション「幻想曲」(コンセプト・ディレクション/20)、モモンガ・コンプレックス『となりの誰か、向こうの何か。』(19)など。富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ芸術監督。

住吉智恵(すみよし・ちえ)

アート・プロデューサー、ライター、Real Tokyoディレクター

離れているから、生まれる。
“新しい日常”に贈る “ミュージカル的ダンス・パフォーマンス”
わたしたちは、そろっている。

わたしたちは、そろっている。
振付・演出 白神ももこ
日程 10/24 (Sat) - 10/25 (Sun)
会場 東京芸術劇場 シアターイースト、F/T remote(オンライン配信)
  詳細はこちら

人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー20

名称 フェスティバル/トーキョー20 Festival/Tokyo 2020
会期 令和2年(2020年)10月16日(Fri)~11月15日(Sun)31日間
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、トランパル大塚、豊島区内商店街、オンライン会場 ほか
※内容は変更になる可能性がございます。


概要

フェスティバル/トーキョー(F/T)は、同時代の舞台芸術の魅力を多角的に紹介し、新たな可能性を追究する芸術祭です。
2009年の開始以来、国内外の先鋭的なアーティストによる演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを東京・池袋エリアを拠点に実施し、337作品、2349公演を上演、72万人を超える観客・参加者が集いました。
「人と都市から始まる舞台芸術祭」として、都市型フェスティバルの可能性とモデルを更新するべく、新たな挑戦を続けています。
本年は新型コロナウイルス感染拡大を受け、オンライン含め物理的距離の確保に配慮した形で開催いたします。



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