「つくる楽しみ」を民主化する ──「するアート」としてのガリ版印刷発信基地
リソグラフを使い、参加者がZINEをつくるプログラム『とびだせ!ガリ版印刷発信基地(以下、ガリ版〜)』は、2019年に開始したプログラム。2回目となる2020年は、大塚に作られた印刷所だけでなく、豊島区内をはじめ全国各地にPop-up ZINEスタンドが設置され、全国の人々からZINEが寄せられた。また、豊島区内の公園や広場をリソグラフを積んだPop-up印刷トラックが巡り、期間中につくられたZINEの数は初回の2倍以上に膨れ上がった。
今回、Hand Saw Pressの安藤僚子、菅野信介とともに、フェスティバル/トーキョー(以下、F/T)のディレクター・長島確が加わった鼎談を実施。この2年間の軌跡とともに、いったい『ガリ版〜』とは何なのか? そもそも、なぜ舞台芸術祭のラインナップに『ガリ版〜』が加わっているのか? そんな疑問をぶつけながら、改めてこのプログラムが持つ可能性を探った。
芸術は誰のもの?
──僕自身、2020年、はじめて『とびだせ!ガリ版印刷発信基地(以下、ガリ版〜)』に参加し、「こんなにおもしろいプログラムだったのか!」と驚きました。
大塚に作られた印刷所に足を運ぶと、参加者は白い紙を手渡され、そこに自分の好きなことを描き、オリジナルのZINEをつくります。そして、つくられたZINEは、リソグラフによって印刷され、全国に設置されたPop-up ZINEスタンドに配架されていく。わずか30部程度ですが、自分の描いたものが自分とは全く関係ない場所で読まれるかもしれないという可能性は、わくわくすると同時に、表現することの責任も感じるような体験となりました。
また、F/Tのメインプログラムとして、ガリ版があることの意味を感じることもできました。以前お話を伺った時、長島さんは、フェスティバルを行う意味を「自治」というキーワードで話していましたよね( https://www.festival-tokyo.jp/media/ft20/focus_directorinterview_part1 )。参加者として、自分の考えや思いを表明し、それを他の誰かに手渡していく。それは、自治を行う上で、根本的なあり方ではないかと感じたんです。
ただ、同時に、いろいろな疑問も湧いてきます。例えば、いったいなぜこれが「舞台芸術祭」のプログラムなのか? このプログラムを、F/Tは、どのようなスタンスでプログラムしているのか? そこで、改めて『ガリ版〜』とは何なのかを、長島さんも交えながらお話をしていきたいと思います。
F/T20『とびだせ!ガリ版印刷発信基地』
(写真左から YUKI、菅野信介、安藤僚子、宮永琢生)
長島 確(以下長島) 「アート作品は、彫刻・絵画などの「モノ系」と、舞台芸術のように消えてなくなる「できごと系」に分けることができます。その意味で『ガリ版〜』は両方の領域にまたがるプログラムです。
自分で作ったZINEは、「モノ」として所有したり交換したりすることができる一方、印刷所は期間限定でオープンし、その期間の中でいろいろな出会いや交流といった「できごと」が生み出される。『ガリ版〜』は、「できごと」として、パフォーミングアーツと領域が重なっているんです。
安藤僚子(以下安藤) そうですね。また、「できごと」であるだけでなく「するアート」であることも『ガリ版〜』のおもしろさだと思います。
20年に鹿児島県霧島アートの森で「つくるスポーツするアート」という展覧会を企画したんです。この展覧会のテーマは新しいスポーツを「つくり」鑑賞を超えてアートを「する」というもの。「するアート」は、誰かの作品を鑑賞するのではなく、アートを「する」こと自体に意味がある。その意味では、『ガリ版』がやっているのも「するアート」なんです。
F/T20『とびだせ!ガリ版印刷発信基地』
長島 「するアート」っていう言葉はとても明確ですね。ここ数年、僕は「芸術は誰のものか?」ってずっと考えていたんです。
芸術鑑賞は人々に開かれている一方、その創作はアーティストが独占していますよね。もちろん、プロのアーティストの技術やセンスはすごい。けれども、アートや表現は彼らだけのものではありません。創作のプロセスにある「つくる楽しみ」をどうやって開いていくことができるだろうか? と考えていたんです。
『ガリ版〜』を通じて、参加した多くの人々からプロとは異なるアイデアや技術などの表現が吹き出してきます。これは、芸術祭のなかに「誰もが表現をすることができるインフラ」を整備することであり、「つくる楽しみの民主化」と言えるかもしれません。
──確かに、実際に参加をして印刷所でZINEを描いていると、他の作品では得られない「つくる楽しみ」を味わうことができました。
長島 そもそも、3年前、F/Tが長島・河合の共同ディレクション体制になった時、これからのF/Tには、街に出ていくこと、他のジャンルとコラボすることなど、どんどんと外に出ていくことが必要だと感じていました。舞台芸術が劇場に守られてしまい、社会とずれてしまっているのではないかという危機感があったんです。
そんな時に知ったのがHand Saw Pressの活動でした。舞台芸術の外にいる彼らとならば、一緒に街で何かできるのではないか。ちょっと賭けではありましたが、ぜひにとF/Tへの参加を打診したんです。
安藤 2019年に初めて『ガリ版〜』の印刷所を開くと、多くの人々が持つ表現欲求にびっくりしました。アート好きのお客さんだけでなく、子供たちや近隣の住人といった人々も巻き込み、最終的には、印刷まで何時間待ちという熱狂的な状態に膨れ上がったんです。
それぞれの人がつくるZINEをよく見ていると、普通のアートやデザインの文脈では出会う「きれいな」表現ではなく、それらの文脈を外れた面白い表現をしているんです。それは洗練されているわけではないけれども、どんなプロでも生み出せない表現であり、とてもはものすごく刺激的であり魅力的なもの。『ガリ版〜』が何かを表現するのではなく、『ガリ版』を通じて、いろんな人の表現が持つ文脈を外れた面白さを拾い上げていくのを実感しましたね。
──ZINEスタンドに行くと、いろいろな人々が生み出した表現が炸裂しています。それぞれ異なった表現をしているZINEを、多くの人々が手にとってじっくりと眺めていました。
長島 「これまで、ディレクターになってから3年間を通じて考えてきたのが、「都市の祭り」の役割でした。フェスティバルという期間限定の祭りは、都市の中でどのような役割を持つことができるのか?
いろいろな意見に触れるうちに、都市の祭りは「違う人々がいる」ということを確かめ合うものではないかと考えるようになりました。村の祭りは血縁や地縁でつながった人びとが、自分たちの共有しているものを確かめる機会であるとしたら、都市の祭りは、出自や所属、考え方、経験など、ばらばらの人たちが、ばらばらのまま、お互いの存在を認識する一瞬の機会になりえる。まさにその意味で、ZINEスタンドに並んだ表現からは、お互いが圧倒的に違う存在であることが見えてきますよね。
F/T20『とびだせ!ガリ版印刷発信基地』
コロナ禍でも、2倍以上のZINEが集まった!
──SNSのようなデジタルツールではなく、紙を使うことも、このプログラムの体験にとても大きな効果をもたらしていますよね。特にこの1年、SNSなどの遠隔でのコミュニケーションばかりだったので、あらためて紙を媒介にするコミュニケーションの面白さに気付かされます。
菅野信介(以下菅野) SNSで行われるのは「拡散」ですよね。でも、リソグラフで行っているのは「複製」の体験だと思います。複製の場合、上限が決まっていて、誰かに手渡されるということが意識されます。でも、拡散の場合、上限が決まっていないし、手渡される「誰か」を意識しなくなってしまうんです。
安藤 2020年は、豊島区だけでなく全国のカフェや古書店、ギャラリーなどにPop-up ZINEスタンドを設置させてもらい、全国からZINEが集まりました。手にとって読むと、そこに書いてあるのは、全然知らない人の日常を書いたZINEだったり、とても遠い距離の人から送られてきたZINEだったり。
偶然手にとったZINEから「自分と同じくらいの女性なのかもしれない」とかぼんやりと考えていると、どこか、その人の「存在」を手にとったような気がしたんです。
F/T20『とびだせ!ガリ版印刷発信基地』
──今年、Pop-up ZINEスタンドによって全国に規模が広がった一方、宮永琢生さんによって運転されるPopUp印刷トラックが、豊島区内の公園を駆け巡りました。
安藤 今年は、狭い空き店舗に人が集まることができません。その中でできることを考えたら、リソグラフをトラックに積むというアイデアが生まれました。そして、豊島区の方々に相談したところ、積極的に動いてくれて、区の管理する公園でPop-up 印刷トラックを走らせることができたんです。
公園に出てみると、そこには、大塚で出会うのとは異なった人々がいました。そんな人々に対して自分たちから出会いに行き、巻き込んでいく。トラックを運転した宮永さんは「お客さんを待つのではなく、ぶつかりに行っている感じがする」と話していましたね。
──描かれるZINEの内容も、大塚で描かれるものとは異なるのでしょうか?
安藤 じっくり時間をかけて書かれたZINEよりも、たまたま出会って、即興で書いたみたいなのが多かった印象ですね。公園で出会い、もう一回やりたいと大塚に来てくれた人も多かったんです。
結果的に、つくられたZINEの総数は初年度の倍以上になりました。初年度は、印刷所から人が溢れてしまうほどの熱気に溢れていましたが、2年目は、人が集まれない代わりに、トラックや全国のスタンドから集まってきたZINEが熱気を運んできた。大塚に作られたZINEスタンドには、人が溢れなかった代わりにZINEが溢れ、天井からもぶら下げるほどだったんです。
──Pop-up 印刷トラックとともに、2年目は、メッセンジャーのYUKIさんが加わって、ZINEを配布していましたね。
菅野 特に今年、ZINEが手渡しで届けられることが必要だと感じました。人が書いたものが、人の手によって印刷され、人の手によって届けられる。YUKIさんがメッセンジャーとして動いてくれることによって、そんな「手渡しの連鎖」が表現できたと思います。
長島 この1年、宅急便や郵便など、物流を担う人々に大きな負荷がかかりましたよね。コロナでも、物流はゼロにはできない。その意味で、ZINEを配架するYUKIさんの存在は、象徴的な意味を持っていましたね。
菅野 ただ、はじめからそれを表現しようと思っていたわけではありません。YUKIさんと宮永さんが参加することが決まって、構成が固まっていった。例えるなら、それは、キャスティングありきで台本が作られたようなもの。他の人とのコラボレーションだったら、全く違う筋書きになっていたでしょうね。
F/T20『とびだせ!ガリ版印刷発信基地』
「できるようになる」ことが持つ意味
──今後、『ガリ版〜』は、どのように発展していくのでしょうか?
長島 このプログラムは、やり続けることに意味があると思っています。試行錯誤を重ねながらやっていくことで、多くのことに気づくことができる。
運営するF/Tも、ディレクションするHand Saw Pressも、活動をしていくなかで街のことを理解し、街の人も「こんなことをしている人たちがいるんだ」と気づいていく。また、協力してくれる豊島区の役所や施設の人たちも「こんなことができるんだ」と発見していきます。もちろん、ときには失敗も含まれますが、それを含めて経験が蓄積されていくことが大事なんです。
それは、『ガリ版〜』だけでなく、F/T全体としても同様です。試行錯誤のなかで、観客も含め関わる全員が、何かをできるようになっていったり、成長をしていく。そんな効果を得られることが、フェスティバルとして非常に大事だと思っているんです。
──なぜ、フェスティバルが成長の場になる必要があるのでしょうか?
長島 社会では、数値目標を追うことが強く求められますよね。数値には意味があるし大事ですが、しかし、数値目標を絶対に捉えると、その下で働く人間の存在は、数値目標を達成するための道具でしかなくなってしまう。そんな道具は、安易に置き換えられ、使い捨ての存在となってしまいます。
表現することの楽しさやスリル、何かができるようになっていくことの面白さを基礎にすることは、そんな使い捨ての道具として人間を捉えることからの復権の試みです。こうしたことの積み重ねが、誰もが息が詰まらずに生活できるような社会につながると信じています。そんなF/Tが持つ価値観を実現するひとつとして、『ガリ版〜』というプログラムはとても重要な位置を占めているんです。
安藤 理想的には、私たちが『ガリ版〜』をやらなくてもいいし、それをする場所がF/Tじゃなくてもいいのかもしれません。生活の中に『ガリ版〜』のような場所をつくることによって、人が表現し、成長していく。そうして、日常が豊かになっていくことが必要だと思います。
Hand Saw Press ハンド・ソウ・プレス
リソグラフの印刷機と木工工具のあるD.I.Yスペース。建築家の菅野信介(アマラブ)、空間デザイナーの安藤僚子(デザインムジカ)、食堂店主の小田晶房(map/なぎ食堂)という、バックグラウンドも得意分野も異なる3人が、東京と京都の2拠点で活動。本やZINEの出版、ポスターやアートブックの印刷、日曜大工など、場所とツールを町にひらくことで、人、都市、世界のいまとつながるものづくりを続ける。
萩原雄太(はぎわら・ゆうた)
1983年生まれ。演出家、かもめマシーン主宰。早稲田大学在学中より演劇活動を開始。愛知県文化振興事業団「第13回AAF戯曲賞」、「利賀演劇人コンクール2016」、浅草キッド『本業』読書感想文コンクール受賞。手塚夏子『私的解剖実験6 虚像からの旅立ち』にはパフォーマーとして出演。2018年、ベルリンで開催された「Theatertreffen International Forum」に参加。2019年度・2020年度セゾン文化財団ジュニアフェロー。
パスポートはZINE。
人とまち、世界につながるF/Tの発信拠点
とびだせ!ガリ版印刷発信基地
ディレクション | Hand Saw Press |
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日程 | 10/16 (Fri) - 11/15 (Sun)計19日間開催 |
会場 | ガリ版印刷発信基地、ZINEスタンド、Pop-up 印刷トラック、Pop-up ZINEスタンド |
詳細はこちら |
人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー20
名称 | フェスティバル/トーキョー20 Festival/Tokyo 2020 |
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会期 | 令和2年(2020年)10月16日(Fri)~11月15日(Sun)31日間 |
会場 | 東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、トランパル大塚、豊島区内商店街、オンライン会場 ほか ※内容は変更になる可能性がございます。 |
概要
フェスティバル/トーキョー(F/T)は、同時代の舞台芸術の魅力を多角的に紹介し、新たな可能性を追究する芸術祭です。
2009年の開始以来、国内外の先鋭的なアーティストによる演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを東京・池袋エリアを拠点に実施し、337作品、2349公演を上演、72万人を超える観客・参加者が集いました。
「人と都市から始まる舞台芸術祭」として、都市型フェスティバルの可能性とモデルを更新するべく、新たな挑戦を続けています。
本年は新型コロナウイルス感染拡大を受け、オンライン含め物理的距離の確保に配慮した形で開催いたします。