【対談】『テラ』座談会 坂田ゆかり(作・演出)×稲継美保(出演)×田中教順(音楽)×渡辺真帆(ドラマトゥルク)
『テラ』座談会
坂田ゆかり(作・演出)×稲継美保(出演)×田中教順(音楽)×渡辺真帆(ドラマトゥルク)
創作メンバーそれぞれの立ち位置
─作・演出の坂田ゆかりさん、出演の稲継美保さん、音楽の田中教順さんは東京藝術大学音楽環境創造科の出身です。
稲継 坂田さんと田中君が同期で私がその1学年下です。
坂田 稲継さんは2008年に川崎市アートセンターで上演した『BOMBSONG』(テア・ドルン作/林立騎訳)に出演してもらって以来、いくつかの作品を一緒に作ってきました。
稲継 私は学生時代に劇場でバイトをしていました。その時たまたまその劇場で上演されていた三好十郎の代表作『炎の人』に出合い、戯曲の言葉に強く惹きつけられました。ですから今回のオファーは嬉しかったです。
田中 僕は今回初めて演劇作品に関わります。光栄だと思い引き受けたところスパルタの稽古が待っていました(笑)。
稲継 稽古の多さにびっくりしていたよね。
田中 僕が主に携わるような、即興的要素の強い音楽の現場の場合は1回集まって本番、それどころか当日に集まって本番スタートという場合が多いんです。音楽と演劇の制作スタイルは全然違っていてびっくりしましたね。こんなに顔と顔を突き合わせていろいろなことを話し合う現場は初めてです。
渡辺 私は坂田さんが演出した『羅生門|藪の中』(フェスティバル/トーキョー14、2014年)で稽古の通訳をしていました。今作では一緒に上演台本を作るうえで、三好十郎や上演会場の西方寺、最近の仏教界や終活の話題について調べネタ出しをしています。
三好十郎の原案と上演台本
─本作の上演台本は原案の「詩劇『水仙と木魚』―少女の歌える―」(1957年発表)をもとに大胆に書き換えられています。
坂田 『水仙と木魚』を最初に読んだとき、主人公・京極光子は「少女特有の屈託ないコミュニケーションをする人」という印象を持ちました。本作『テラ』でも光子を登場させたのは、彼女の存在によって話題の縮尺を大胆に操作することができると考えたからです。演じる稲継さんは、お客さんに働きかけながら、いろいろな詩を読み、大小様々なトピックを繋げてひとり語りをします。そうすることによって、例えば舞台上に現在・過去・未来を同時に提示することができると考えています。ちなみに原案で光子は17歳ですが、『テラ』では私と稲継さんの実年齢の31歳に設定しています。
─稲継さんは京極光子という役をどのように捉えていますか。
稲継 私の役者としての原体験は全篇モノローグの『BOMBSONG』でした。一人芝居は私が大切にしている活動のひとつですが、30代に入り、より気負わずにお客さんとコミュニケーションができるようになりたいと思うようになりました。ですから光子のように、観客に対して親密だけどドキッとするようなことを言う役はとても面白いです。
─光子は「ちょっと、いってくるわね!」という印象的なひとことを言うと一旦姿を消します。
稲継 気に入っている台詞です。光子はお客さんとコミュニケーションをしていたのに、突然お客さんを置いてきぼりにしてどこかへいってしまいます。私としては「近くへ買い物にいく」ようにも「光子の死」を意味するようにも思えます。
坂田 光子はいなくなると今度はちがう服を着てまた観客の前に帰ってきます。この繰り返しが仏教の輪廻転生のサイクルにつながるリズムを作っている気がします。光子がいってしまうと演奏スペースにいる田中君が観客に語りかけます。
稲継 田中君は実際にお寺の息子なんです。
渡辺 稽古で仏教に関する疑問があると、何でも分かりやすく面白い喩えを使って教えてくれます(笑)。
坂田 それをお客さんにもやってほしいと考え、劇中に「田中教順」というキャラクターを登場させています。
─稲継さんパートと田中さんパートでリズムができていますね。
田中 そうですね。実は法事などで読経のあとにお坊さんが話すという流れはお寺でよくやられていますから、図らずも今作の形式はお寺のそれと似ていると思います。
寺での上演と仏教との距離
─タイトルを『テラ』に決めた理由を教えてください。
坂田 カタカナの「テラ」は漢字の「寺」と比べて、パッとイメージを掴みづらいですよね。「お寺でしかできない作品を創るぞ!」という意気込みはもちろんですが、それ以外にも、「テラバイト」などで使われる接頭辞Teraは10の12乗を示すマクロの単位です。遡って古代ギリシャ語のTéras(=怪物)は人間を凌駕する脅威の対象を指し、ラテン語のTerraは「地球」を意味します。『テラ』という2音節の響きのあいだに偶然孕まれている莫大なスケールの物語が、お寺という身近な場所を改めて捉え直すヒントになるだろうと予感しました。
─中盤では実際に読経の場面があります。
田中 劇中で使えるお経はないかと坂田さんに訊かれたので、浄土宗の西方寺にあわせ適度な長さと内容の「四誓偈(しせいげ)」を提案しました。
稲継 私は西方寺の住職の読経に合わせて「四誓偈」の現代語訳を語ります。
─スピリチュアルな要素も盛り込むのでしょうか。
坂田 難しい質問です。演じること、演奏すること、観ること…演劇の行為って、言ってみれば全部スピリチュアルじゃないですか(笑)。だからこそ、地に足のつかない思わせぶりな演出はなるべく避けました。一生懸命リサーチしてみたものの、やっぱりこの程度のにわかの仏教理解では本堂の力強い空間に歯が立たないので。
田中 音楽もその要素はないですね。今作からは、作り手の宗教へのリスペクトとともに手放しでプッシュもできないという曖昧なものが出ています。この作品はどんなに突き詰めてもスパッと竹を割った結論が出るものではないと思いますよ。
観客参加型の木魚演奏
─客席に木魚を置くアイディアはどこから出てきたのでしょうか。
坂田 稽古初期に田中君と渡辺さん、そして私の3名で合宿をしたんです。田中君とは初めて仕事をするので、一緒に時間を過ごす中で彼の特技やツボ、創作の方法を探る必要がありました。その合宿で、お客さんと木魚を演奏することを思いつきました。
─観客参加型の作品なんですね。
稲継 「観客参加」ってそれだけで面白いことのように捉えられがちですが、私の経験上うまくいってるなと思った演目は多くないです。
坂田 お客さん1人ひとりの気持ちをグッと惹きつけるのは大変だよね。
稲継 田中君のようなオープンマインドで礼儀正しい音楽家でなかったら、お客さんとのセッションはなかったかもしれませんね(笑)。
限界を超えるための新たな挑戦
─最後にひとことずつ上演に向けた抱負をお願いします。
稲継 私は仏教徒ではない自分が仏教の話をすることに当初抵抗がありました。「この言葉は気持ち悪い…」などとモヤモヤする時間が長かったのですが、ようやく納得するテキストがみんなで作れたと思います。今では「我々のような人間でないと語れないお寺や仏教、演劇そして芸術があるのではないか」という希望を持てるようになりました。あとはとにかく光子を魅力的に、チャーミングに演じたいです(笑)。
田中 仏教の家に生まれて寺を継がなかった僕のような人間にとって、ある種の破戒行為のような作品だと思っています(笑)。図らずも自分のトラウマや原体験、仏教との関係性が作品に出ることになりました。とはいえ稽古中に父に仏教の解釈について相談していましたから、実家の家族には見てほしいですね。「僕が寺を継がなかった理由がこの作品にある」という気持ちです(笑)。
渡辺 私自身は作品を通して自分とお寺や仏教との距離感が変わった気がします。テキストはモノローグでありながら、三好十郎の戯曲、西方寺の住職の話、吉岡実と富岡多恵子の詩、さらには仏陀が伝えた阿弥陀如来の誓いまで、さまざまな言葉のポリフォニー(多声)になっています。そこに私たちの言葉も入っている。観る人によって違う響きがあればいいなと思います。
坂田 同世代の演劇人が近年あまり触れてこなかった「信仰」にあらゆる角度から向きあい、また、生死をめぐる哲学的な問いに思いっきり正面衝突していると思います。この負荷が新たな挑戦となり、これまでの繰り返しでは超えられなかった限界を突破するときに、新しいものが生まれてくることを願っています。
(2018年10月26日 稽古場にて収録)
演出家 坂田ゆかり
1987年東京生まれ。東京藝術大学音楽環境創造科卒業後、全国の劇場で舞台技術スタッフとして研鑽を積む。2014年、アルカサバ・シアター(パレスチナ)との共同創作『羅生門|藪の中』を演出(F/T14)。近年は展覧会という形式に演劇の技術や考え方を応用させる実験を重ねている。建築家ホルヘ・マルティン・ガルシアとの長期プロジェクト『Dear Gullivers』は、第16回ヴェネチア建築ビエンナーレ(2018)のスペイン館に参加。既存の物語と協働を手段として、地域社会への芸術的介入を試みる。
俳優 稲継美保
1987年兵庫県生まれ。東京藝術大学在学中より演劇を始める。舞台を中心にフリーランスで活動中。これまでに、坂田ゆかり、岡崎藝術座、サンプル、チェルフィッチュ、ミクニヤナイハラプロジェクト、バストリオ、オフィスマウンテンなどの作品に出演している。現在、東京藝術大学音楽環境創造科にて、学生に演技を教え、共に演劇作品を創作している。
ドラマー・パーカッショニスト 田中教順
1983年東京都生まれ。「抱きたいリズム」をモットーに世界を旅するリズムアディクテッドな大学職員。菊地成孔のdCprG等で活動後、現在ミャンマーやスリランカ等の東南アジアのリズム研究を行う。アメリカン・スピリットCM音楽やドラマ「卒業バカメンタリー」オリジナル・サウンドトラックなどでドラム及びパーカッション演奏、リズムアレンジを担当。そのほか、自身のユニット「未同定」やラテン・ジャズバンドSepteto Bunga Tropisなどで演奏している。
ドラマトゥルク 渡辺真帆
1992年埼玉県生まれ。通訳者・翻訳者。東京外国語大学アラビア語専攻卒業。パレスチナ・ヨルダン川西岸地区留学中に演劇と出会い、F/T14『羅生門|藪の中』に通訳・翻訳で参加。以降、舞台芸術の国際共同制作や来日公演、ワークショップに通訳・字幕翻訳・コーディネート等で関わる。中東・アジア各地に赴きながら、芸術、メディア、国際協力など多分野の人と言葉に協働する。
まちなかパフォーマンスシリーズ『テラ』
作・演出 | 坂田ゆかり |
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出演 | 稲継美保 |
音楽 | 田中教順 |
ドラマトゥルク | 渡辺真帆 |
日程 | 11/14(Wed)19:00 11/15(Thu)19:00 11/16(Fri)12:00 / 19:00 11/17(Sat)12:00 / 18:00 |
会場 | 西巣鴨 西方寺 |