(寄稿:蓮沼執太 編集:島貫泰介)
中国出身のミレニアル世代アーティストを紹介する「中国特集」。いくつかある彼らの共通点のなかの一つに、「国内だけでなく海外を活動拠点にしている」というポイントがある。これはけっして中国にだけ限った現象ではなく、国と国が境界線で地続きになっているヨーロッパはもちろん、アメリカ、そして多島地域である東南アジアのアーティスト&クリエイターに共通するものだ。インターネットで情報が共有され、ローコストキャリア航空会社の登場で移動にかかるコストは格段に低くなった。ある意味で「狭くなった世界」の大きさ、点在する差異を量るかのように、アーティストたちは世界を移動し続けている。
音楽家の蓮沼執太も、そのような人と言えるかもしれない。東京を拠点に日本国内で活動を続けていた彼は、現在ニューヨークをいっときの拠点として、さまざまな国と街へと意識を広げている。彼のような若き表現者は、世界を旅することに何を見出しているのだろうか? 蓮沼による寄稿をお送りする。
11/3 (金・祝) 19:00、11/4 (土) 17:30『秋音之夜』出演:リー・ダイグオ、シャオ・イエンペン、ワン・モン、ノヴァハート
11/4(土)13:30『トーク:写真、ユースカルチャー、ファッション、音楽』 「ミレニアルズの音楽家 −彼らは世界に何をもたらすのか?」スピーカー:シェン・リーホイ
アジアシリーズ vol.4 中国特集 会場:スーパー・デラックス
夜が明けた早朝、僕の上空を伝書鳩が弧を描くように音を立てて飛んでいます。街も動き出しはじめて地上の音が聞こえてきます。
北京の風物でもあるこの空から音、人々が奏でる地上からの音、それぞれの違いが気持ち良く感じます。
僕は2017年1月に文化庁東アジア文化交流使として中国・北京に滞在しました。はじめての中国では、1週間の現地リサーチを経て、オルタナティヴ・スペースでの展示、現地のミュージシャン・ダンサーとのコラボレーション即興パフォーマンス、レクチャーを行いました。日本大使館での中国VICEによる公開インタビュー、レクチャー、地元の人々に参加して貰った映像作品制作など、若者から年配の方まで多くの交流が生まれた貴重な時間でした。
だいぶ偏った視点からのエッセイになると思いますが、中国・北京を訪れたこと、そして自身の現在地についてお話しできればと思います。
-展示初日のギャラリーの様子。驚くほどの来場者でした。(蓮沼執太 談)
滞在前の北京の印象をまずは書いておきます。
多国籍資本が流れ込み、2008年北京オリンピックの影響で急速に都市化や欧米化が進み、文化芸術にもその波が入ってきている。例えるならば、数年前の日本のような状況だろうなと思っていました。つまり日本の方がまだ一歩、先に進んでいるだろう、という印象を持っていました。この「先」という先端的な考えはどっちの方向を指しているのか。当初の僕の考えでは「先=欧米」でした。また、自分とその背後にある自国という存在に驕っているような気持ちがありました。しかし、今ではこの考えが間違ったもので、自分は何も知らなかったということでした。
実際に北京の街に出てみると、インフラストラクチャーは東京と同じ高いクオリティで整備されています。日本人が使っている欧米型ソーシャル・ネットワーク・サービスの使用制限はあるものの、中国生まれのアプリケーションWeChatを使えば現代的な日常生活は一通り事足ります。写真やメッセージのシェアはもちろん、特に驚いたのはアプリ上でQRコード読み取れば金銭取引も可能なことでした。ネットワークのインフラは日本に住む我々との差異はなく、国家という強力な枠組みや検閲がありながら、日本のように細かい既得権益によって生じる厄介な制限が無い分、むしろダイナミックに活用しているように思えました。さらに例をあげながら雑感を乱筆していきます。北京で共演した2人のミュージシャンは日本から直接、即興シーンやアバンギャルドの情報を手に入れ、欧米の音楽シーンはインターネットを通じて楽しんでいるようです。彼らの話から、日本のノイズや即興シーンの根強い人気を中国でも再確認しました。ちなみに僕のリリースしたアルバムのほとんどは中国のイリーガルな音楽ストリーミング・サービスで全て聴くことが出来ました。イベントのオーガナイザーは、そのストリーミングでどのくらいの人気があるかで集客状況を算段するそうです。
-インスタレーションの様子
また印象的だったのは、世代のこと。北京に住む人々はディケイド毎、つまり10年おきに生活のシステムやカルチャーが全く異なるということ。「カルチャーショック」という言葉もありますが、そのタームが10年しかないのです。20代が使っているアプリケーションを40代は全く知らないことが多い、ということです。現地で展覧会コーディネートをしてくれた僕より若いスタッフは、スターバックスのコーヒーとバナナを朝食にしながら、毎朝笑顔でむかえてくれました。ちなみに、コーヒーはローカルフードの朝食・お粥よりもだいぶ高いお値段です。
現地のリサーチとして、アンダーグラウンドな音楽が聴けるライブハウスにも行ってきました。半地下にあるそのスペースには、中古楽器、カセット、インディーズ精神が詰まったD.I.Y.のレコードを販売していたり、小さなバーもあり、コミュニティーのひとつとして機能しているように見受けられました。実験的なアプローチの音楽・電子音楽のイベントの開催もしており、日本人が出演したこともあるそうです。
また、スタジオ・ヴィジットのために北京の集合住宅、いわゆる団地の一室に住むアーティストにも会ってきました。その彼は物理学と音楽学が専攻の作家で、電子楽器のシンセサイザーを自作で作り、インターネットで販売をしていました。昨今、欧米で流行している「モジュラーシンセ」と呼ばれる、カスタムできるシンセサイザーをコツコツと作り上げ、北京の団地の一室から世界に発信している。そのギャップには驚きました。でも、こういう事例は氷山の一角だと思いました。あらゆる分野に、このような人々はもっともっといるのでしょう。
-映像作品のため、近所のライヴハウスのオーナーに参加していただきました。(蓮沼執太 談)
余談までに現代的なカルチャーというか、流行的なものも書いておきます。コーヒースタンドは、スタバだけでなく自分のお店でローストするサードウェイブ・コーヒーショップも多くありました。クラフトビールのバーなどもあるし、KINFOLK的なカルチャーも浸透している。なんというか、ブルックリンやポートランドのようなカルチャーも輸入されていて「ここは中目黒かな?」と思わせる雰囲気も感じました。日本で流行しているものは北京でも同様に人気がありました。技術的な洗練さには欠けるものの、資本と人間力の差は日本とは比べものにならないくらいダイナミックであり、「勢い」という観点で見ると、日本は後進しています。
今さら特筆することではありませんが、近年のアートワールドでの中国市場の拡大・中国人作家の台頭なども目立ちます。北京には「798芸術区」と呼ばれる芸術エリアがあります。ここは国営の工場の跡地を使い、アート・インスティチュートやギャラリー、スタジオが膨大に立ち並びます。そのうちいくつかに足を運んでみると、いかにも中国的と言えるような伝統的な美術もあれば、欧米の形式に沿ったような流行を感じさせるコンテンポラリー・ギャラリーもありました。そこからはいまだ未熟さが残る印象を受けましたが、時間が経てばすぐに変化が訪れる雰囲気がありました。今後、欧米の価値観に劣らない、洗練された作品が見られるようになるでしょう。いま僕が滞在しているニューヨークでも、アートギャラリーの立ち並ぶチェルシー、さらに、ロウアー・イースト・サイド、チャイナタウンにも中国系のギャラリーが増え、アジアの若手の新興ギャラリーの勢いを感じます。
-大使館での公開インタビュー。質疑応答まで盛況でした。(蓮沼執太 談)
その勢いと平行し、いくつかの現実的な問題点もあります。
まず、国家の検閲があげられます。北京滞在中にも、実際に見ることができない展覧会、検閲に引っかかり展示できなかったということをパフォーマティヴに作品化したものなど、検閲や規制という事実を確認できました。展示禁止になるような作品、海外から中国国内に入ってくる際、検閲にかかり展示自体ができなくなったりするケースも未だに多いとのことでした。
また、オリンピック前後を契機に、たくさんの施設やアートセンターが出来たものの、それを動かすキュレーターの不足、アーティストの不足が目立ちました。つまり、コンテンツが不足している。実践的に回せる力が無いのが現実、という印象を受けました。ちなみに音楽ライブ会場の大きな箱も乱立していて、日本の首都圏が直面していると言われる「ライブ会場不足」問題の真逆をいっています。
今回のフェスティバル/トーキョー「中国特集」のトークセッションのスピーカーで参加する音楽レーベル「Modern Sky」ファウンダーのシェン・リーホイ。彼は自国の音楽を海外に紹介するという大切な仕事をしており、ニューヨークのセントラルパークなどでも音楽フェスを開催していることで、僕も活動を知っていました。自国の音楽シーンを積極的に海外にプレゼンテーションしています。
文化芸術において、中国はしっかりとした「国内」という視点はあるものの、環境がまだそれに追いついていないという問題点があげられます。日本人アーティストも機会を作り、中国という環境にアプローチをすれば、作品発表のチャンスがあるように思えました。上記であげた検閲や規制といった問題も未だ多く、政治や芸術の関わりも未熟な部分がありますが、それでも現在いる場所では無い環境、文脈が出来上がっていないステージで自分の作品を作り上げていく事の豊かさは必ずあると思います。それは、もちろん中国に限ったことではなく、移動することによって発見できることかもしれません。検閲や規制はどこの社会にも、目に見えない形で存在しています。アートは政治的であるというのは前提であって、その上でどのような実践をしていくのかということが試されるのだと考えます。
-展示初日のパフォーマンス。オーディエンスも会場を移動しながらの鑑賞。ダンサー北鷗(BEIO)。(蓮沼執太 談)
こうして文章を書いていると、自分の国と他国を比べていく行為は、今も昔も変わらないように思えます。しかし、現代は国民国家という境界を考えていくと、物や資本の動き、そして人の移動も多くなり、交わります。自分の国の事情、他の国の事情など、お互いを認識することすら簡単ではありません。いま僕はニューヨークのブルックリンをベースに作品制作をしています。この街は多文化主義でもあり、ローカリティを重視するコミュニケーションやコンテクストがハイブリッドされた環境ですが、数年前訪れた時よりも若いアーティストはニューヨークを離れています。もちろんアーティスト・イン・レジデンスなどのスタジオに活気はあるものの、アメリカ西海岸や、ヨーロッパではギリシャ、南米ではメキシコに多くのアーティストが流れています。ある意味ではインターナショナルな街の変化として捉えられるし、もちろん物価や地価の高騰が原因でもあります。でも、もしかするとこの動向は自然と起こりえた現象にも思えてきます。アーティストは都市だろうが、自然だろうが、自国だろうが、異国だろうが、場所に関係無く独立した形で活動できるように変化していくのかもしれません。少なくとも僕はそうありたいと思っています。定住も移動も関係なく、「個」として強いアイデンティティを独立させておくように。境界を設定して、区別することは、現代どの程度意味を持ち、有効なのでしょうか。宗教、政治、性別、文化に関する
価値観が常々変化している現代社会の流れの中で、アーティストの役割は際立ってきます。
どんな場所にもエネルギーがあり、環境と人間は相互影響しあって変化していきます。個人にとって生まれた場所、性別、国籍は関係無いように、現在地も変わり続けていきたい。アーティストにとって、人間性を回復させる機会は自分で作るしかないと思うからです。
蓮沼執太
1983年、東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織して国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュースなどでの制作多数。近年では、作曲という手法を様々なメディアに応用し、映像、サウンド、立体、インスタレーションを発表し、個展形式での展覧会やプロジェクトを活発に行っている。最新アルバムにタブラ奏者 U-zhaanとのコラボレーション・アルバム『2 Tone』(2017)、シアターピース『TIME』(神奈川芸術劇場・KAAT)がある。自ら企画・構成をするコンサートシリーズ『ミュージック・トゥデイ』を主催。2014年はアジアン・カルチャル・カウンシル(ACC)のグランティとして渡米。2017年は文化庁東アジア文化交流使として中国・北京にて個展『作曲性|compositions』Beijing Cultural and Art Centerを開催する。11月に中国・北京にてグループ展、2018年2月よりニューヨーク・Pioneer Worksにて個展を開催予定。現在、ニューヨーク拠点に活動。
フェスティバル/トーキョー17主催プログラム
アジアシリーズ vol.4 中国特集 チャイナ・ニューパワー
『秋音之夜』
出演:リー・ダイグオ、シャオ・イエンペン、ワン・モン、ノヴァハート
日本初上陸の若手実力派ミュージシャンが集う贅沢な一夜
日本ではなかなか紹介されることのない、中国ミレニアル世代のミュージシャンを一堂に集めた音楽イベント。伝統楽器の琵琶、二胡の傍ら、ウッドベースやチェロ、口琴までも自在に演奏するリー・ダイグオ、VJワン・モンの映像とともに五感を刺激する空間をつくりあげるエレクトロニック・ミュージシャン、シャオ・イェンペンのほか、エレクトロ・ポップ・バンド、Nova Heartが参加し、アコースティック、エレクトロニック、バンドサウンドと、テイストの異なる、新世代の音の競演を繰り広げる。。
日程 11月3日(金・祝)、11月4日(土)
会場 スーパー・デラックス 詳細・チケット
『チャイナ・ニューパワー — 中国ミレニアル世代 —』 トーク:写真、ユースカルチャー、ファッション、音楽
各分野の先駆者が自ら語る中国ミレニアルズとその近未来
日本のメディアがほとんど取り上げない、中国の今後を牽引するミレニアルズの実態をトークからも読み解く。「写真」「ユースカルチャー」「音楽」「ファッション」の4つのテーマのもと、今の中国のカルチャーシーン、ミレニアルズの動向をそれぞれのプロフェッショナルに聞く。
■「ミレニアルズの音楽家 −彼らは世界に何をもたらすのか?」
日程:11/4(土)13:30 スピーカー:シェン・リーホイ Lihui Shen(沈 黎暉)
音楽レーベル「Modern Sky」の創業者。1997年に北京で設立された「Modern Sky」は、中国国内でも最も重要なレーベルのひとつで、約40組の音楽家を抱えている。 2007年から中国各地で、14年以後はニューヨークでも音楽フェスを主催するなど、国内のみならず海外に向けても精力的に音楽家を紹介している。
■「中国ファッション界とミレニアルズのデザイナーの現状 −彼らの想いとは?−」
日程:11/11(土) 14:00 スピーカー:リュウ・シンシャー Tasha Liu(劉 馨遐)
1985年生まれ。セレクトショップ「長作棟梁」共同創業者。上海のファッション・フェスティバル、「LABELHOOD」のディレクター。2015年と16年には「The People Shaping the Global Fashion Industry(世界のファッション業界をつくる人たち)BoF500」トップ500にランクイン。中国のファッション界を牽引するミレニアル ズのリーダーといえる。
■「中国写真の世界 −ミレニアルズの写真家と自費出版の現状−」
日程:10/28(土)18:00 スピーカー:イエン・ヨウ You Yan(言 由)
■「インディビジュアライゼーション:チャイナ・ユースカルチャーの流れ」
日程:10/29(日)13:30 スピーカー:チャン・アンディン Zafka Zhang(張 安定)
『忉利天(とうりてん)』 構成・演出・美術:チェン・ティエンジュオ
古代神×クラブミュージック。熱狂と混沌の中に立ち上がる「いま」
彫刻や絵画といったファインアートから、グラフィックやファッションのデザインまで、縦横無尽にジャンルを行き来し、東西の多様な文化をミックスアップ、サイケデリックかつポップな作品に昇華するチェン・ティエンジュオ。英国留学を経て、ヨーロッパのレイブ、クラブシーンにも精通する彼が、これまでに発表してきたライブ・パフォーマンスを、劇場作品としてリ・クリエーションする。神々が跋扈する古代の世界と現代のクラブ・カルチャーとが邂逅し、出現させるまたとない空間に身をまかせよ!
日程:11/10 (金)、11/11 (土)
会場 あうるすぽっと 詳細・チケット
『恋 の 骨 折 り 損 ―空愛①場― 』 作・演出:スン・シャオシン
虚無と現実が交錯する夢の時間=「堕落部屋」からの実況中継
インターネットやポップカルチャーに耽溺する若者たちを描いた、中国小劇場演劇の最新形。禁欲の誓いを立てた青年たちが美しい貴婦人らに翻弄されるシェイクスピア戯曲と同名の本作。その舞台はファンシーグッズで溢れかえる「堕落部屋」だ。携帯電話やパソコンのライブ配信を通じ、日々、目に見えぬ誰かと戯れる少女たち。その自堕落な暮らしは、混沌や荒廃を思わせるが、彼女たちにとっては、それこそがパステルカラーに彩られた夢の時間だ。観客など存在しないかのように、ただ流れていく時の中、舞台と客席、バーチャルとリアルの境界線がゆっくりと溶けていく−−。
日程 10月28日(土)、10月29日(日)
会場 スーパー・デラックス 詳細・チケット
フェスティバル/トーキョー17 演劇×ダンス×美術×音楽…に出会う、国際舞台芸術祭
名称: フェスティバル/トーキョー17 Festival/Tokyo 2017
会期: 平成29年(2017年)9月30日(土)~11月12日(日)44日間
会場: 東京芸術劇場、あうるすぽっと、PARADISE AIRほか
舞台芸術の魅力を多角的に提示する国内最大級の国際舞台芸術祭。第10回となるF/T17は、「新しい人 広い場所へ」をテーマとし、国内外から集結する同時代の優れた舞台作品の上演を軸に、各作品に関連したトーク、映画上映などのプログラムを展開します。 日本の舞台芸術シーンを牽引する演出家たちによる新作公演や、国境を越えたパートナーシップに基づく共同製作作品の上演、さらに引き続き東日本大震災の経験を経て生みだされた表現にも目を向けていきます。
こちらもお読み下さい
ディレクター・メッセージ: フェスティバル/トーキョー17開催に向けて 「新しい人 広い場所へ」