今回のフェスティバル/トーキョーには、じつは隠れたポイントがある。ピチェ・クランチェン『Toky Toki Saru(トキトキサル)』、柴幸男『わたしが悲しくないのはあなたが遠いから』など、アジア各国のファッションブランドが衣装協力として参加している作品が多数あることだ。
また、中国特集では、上海からファッション・ディレクターをゲストに迎え、中国のファッションの動向、ミレニアル世代のデザイナーの状況を語っていただくトークも開催する。
全体テーマに掲げられた「新しい人」の兆候は、ファッションや音楽といったユースカルチャーに最初に現れることが多いのは周知のことだ。では、ファッションシーンでは今何が起こっているのだろうか? それを知るのがこの鼎談記事の主旨である。
登壇いたたいだのは、スタイリスト・ディレクターとして活躍する山口壮大、ファッションブランド「hatra/ハトラ」を率いる長見佳祐のお二人。聞き手は、F/Tの中国プログラム・コーディネートを務める小山ひとみ。3人が考える、ファッションの現在地と、その課題とは何か?
(聞き手:小山ひとみ 文:近藤弘一 編集:島貫泰介 撮影:鈴木 渉)
日本人が見た、中国のミレニアル世代
小山 今回のフェスティバル/トーキョー17では、2014年より継続してきたアジアシリーズの第4弾として中国を取り上げ「チャイナ・ニューパワー ― 中国ミレニアル世代―」を企画しました。世界的に注目を集めるミレニアル世代のアーティストにフォーカスし、演劇、パフォーマンス、音楽に関わるアーティストや、各カルチャーに関わるキーマンによるトークなどを行います。
「ミレニアル世代」とは、一般的には1980〜2000年に生まれた世代を指します。私自身、この世代が台頭しはじめた頃に中国で生活していたのですが、上の世代と明らかに違う空気、気風を感じましたし、日本の同時期の世代ともまったく異なる印象を持ちました。今回、長見さんと山口さんにお聞きしたいのは、中国のファッションシーンに対する印象だけではなく、現在の日本の状況についてでもあります。
長見さんが主宰する「hatra/ハトラ」は、昨年、上海ファッションウィークの会期中に開催された『MODE SHANGHAI』という合同展示会に参加されましたが、上海と中国にどのような印象を持たれましたか?
『恋 の 骨 折 り 損 ―空愛①場― 』『忉利天(とうりてん)』『秋音之夜』『トーク:写真、ユースカルチャー、ファッション、音楽』
アジアシリーズ vol.4 中国特集 会場:スーパー・デラックス、あうるすぽっと
長見 仕事でもそうなのですが、街中を歩いている人たちが、みんなファッションに対して積極的な街だと感じました。本当に短期間の滞在だったので、それ以上の分析はできないのですが、日本と比較してもその熱量は大きかった。そこで僕が改めて感じたのは日本の特殊性です。いちばん特徴的なのは、日本のデザイナーが服をつくって、日本の顧客しかそれを消費していないこと。そんな国は他になくて、すごく珍しいですよね。
小山 たしかに、国内のシーンのみで市場が完結している国は、アジアにも欧米にもありませんね。
長見 これを行き過ぎた成熟のあかしとして見るかは別ですけどね。上海に行って、逆に日本における最大公約数的な答えが見えすぎた感じがあります。一方、上海にはその答えがなくて、常にフロンティアに意識を求めている印象を受けました。
小山 中国の大きな歴史的背景として、1966年から76年まで続いた文化大革命があります。この10年間、中国と外国は、ほぼ完全にシャットアウトされていました。そして、1978年の改革開放以降に生まれた世代は、子供の頃からインターネットを通して海外のカルチャーに触れるようになります。また、彼らが子供の頃は、日本のアニメが多数テレビで放映されていたそうです。実際、上海のファッションショーでは日本のアニメ『花の子ルンルン』(日本での放送は1979-80年)や暴走族など、日本のカルチャーに影響を受けた表現が多く見られます。彼らの多くは、海外の大学を出た後に帰国して、自身のブランドを立ち上げてますが、本当に勢いがあって、これからも伸びていく強い予感がありますね。
東京ファッションの今
小山 山口さんはディレクター、スタイリストでありながら、同時に自身の店舗も運営されています。東京のカルチャーシーンでも他に例のない人物だと思うのですが、東京のファッションの動きや変化をどのように見ていますか?
山口 ここ1年くらいで、さらに大きく変わってきましたね。以前からマーケットが多様化し、趣向が細分化してきたと言われてきましたが、さらに拍車がかかった、という印象を持っています。
小山 具体的にはどのような?
山口 「モード」の定義がいっそう細かくなったと思います。これまで日本のストリートが提案してきたファッションの雰囲気がグローバルに広がりきった結果、欧米に憧れを持つという感覚がさらに希薄になっていると思います。
小山 では、日本のファッションシーンはどこに向かっているのでしょうか?
山口 「ものづくり系」の方向ですね。身体へのフィットの仕方とか、雰囲気の出し方を「モード」という感覚で表現する人が出てきています。ですから、東京コレクションで紹介されている表現は、本当に氷山の一角になってきています。もっと違うところでファッションを表現している人が増えているんです。
小山 若いデザイナーのファッションに対する感覚が変わってきているんですね。
山口 「ファッション」と言い切ってしまうと定義が難しいですが、服に関して言えば「物質としての強度をあげなきゃ」という人と話すのが個人的には面白いです。「華やかなクリエイティブを生み出したい」というこれまでの感じは薄まって、しっかりと市場に出せるものをつくりたいと思っている人が増えている。一方で、表現としてファッションを突き詰めていこうという流れもあるので、シーン全体という枠組みではくくれないですが。
小山 長見さんはいかがですか?
長見 これは世代間とのギャップではなく、あくまでここ数年の僕自身の変化ですが……「ふつう」の服の感覚というか、「服のゼロ地点」がぜんぜん変わりました。品質がよいということが、簡単に価値に繋がりづらくなってますよね。そこそこちゃんとした服がゼロ地点で、そこからプラスの方向でもマイナスの方向でも大きく振れているものが「特別なもの」という感覚というか。
小山 個々人が特別と思うものに、それぞれの価値がある?
長見 そうですね。ちょっとよくできているくらいじゃ何も思わないけれど、その代わりに、すごく下の方向に向かっている出来の悪いものも、その偏差によっって「特別なもの」に感じてしまうようになっている。大量生産・大量消費の行き着いた先の価値観というのが、ここにあるのかなと思います。
小山 ガラパゴス化がさらに先鋭化している、ということかもしれませんね。一方で「東京ファッションの強みは、ストリートファッションが存在するから」という声も聞きます。
長見 どうだろう? 東京のストリートでファッションに興味を持つ人が増えているかというと、そうではない気がします。経済的な伸び率で言うと、楽観的では全然いられないと思います。
かといって刺激がまったくなくなったわけでもなくて、秋葉原を歩いてると「ヤバいの来てるな!」とか思うことはよくあります。特にコミケ(コミックマーケット)の時期は、地方から遠征に来られる方が大勢いて、同人誌の新刊を買ってワイワイしていたりする。そういう高まりを見ると、ファッションは終わってないなと思います。 ただ原宿に関して言えば「ストリートが元気で大丈夫」とは言えない状況です。これまであったストリートの定義だけではどうしようもない。
小山 そうすると、現在の東京ファッションの強みとはなんでしょう?
長見 ある意味で、多様性とは逆な意見になりますが……。一般的なファッションと呼ばれるカテゴリー内では、多様性は萎縮してしまっているのは間違いない。一方で、その外側のカルチャーから、ファッション的な態度を移入して、「こと」としてのコンテンツを楽しんでいる人はたくさんいると思います。
グローバルであるためのローカルという視点
小山 日本や中国に限らず、世界中のほとんどの地域がインターネットで結ばれ、どこからでも最新のシーンにアクセスできる環境のなかで、ファッションブランド、そしてファッションを取り巻く環境にも変化はありましたか?
長見 僕は「ブランド」という枠組みが将来的には時代遅れになる気がしています。もちろん消えてなくなるわけではないとしても、その外側でクリエイティブコレクティブが、ゆるやかに、自然に形成されていくと思っています。
小山 それはどのようなかたちになるのでしょうか?
長見 例えばパラリンピックの選手の出す記録が、オリンピックの記録を超えるという話がありますが、既存の人間観を揺るがすようなことが次々と起きていますよね。そういった人間観をある種のブランドとして定義して掲げるとすれば、ファッション以外の他分野とのゆるやかな知識共有が「ブランド」をもう少し広い枠組みで担保することありうるのかな、と。少なくとも僕はそういう方向に向かいたいと思っています。
山口 今の話は面白くて、ファッションという曖昧で抽象的な概念だからこそ、倫理観も含めて人間としてどうあるべきかをうまくデザインすることができると思います。物質としての服だけに意識を留めてしまって、常に歴史やカルチャーが隣接しているんだ、という感覚を持たなくなってしまうことは危うい。
小山 クリエイティブコレクティブという話でいうと、今回の中国特集に参加するチェン・ティエンジュオはパフォーミングアーティストではあるけれど、「Asian Dope Boys」と言うファッションブランドも立ち上げています。同時に、それは音楽レーベルでもあって、世界各国からDJを呼んでクラブイベントをオーガナイズしたりもしています。長見さんや山口さんも彼に近い活動をしていると感じるのですが、例えば山口さんの「ハウス@ミキリハッシン」では、今後どのような展開を目論んでいますか?
山口 ひょっとすると、方向性をガラッと変えるタイミングもあるかもしれないですね(笑)。22歳の時にお店を始めたんですけど、その時はファッションと言えば欧米がすごい、という感じがあって、それに対するアンチテーゼとしてやってきたんです。でも、今のすべてがフラットになっている状況では、しっかりした「ドメスティック」にこそ力を感じます。現在の「ハウス@ミキリハッシン」の規模感と状況でも経営を維持できるようになってきてもいるので、それをもう少しワールドワイドに展開させるのは、個人的にやってみたいことですね。
小山 長見さんはいかがでしょう?
長見 ハトラ自体のあり方は拡張していかないとですね。結局のところ、日本という狭い島に僕らができる可能性は集約していると思っているんです。物理的な距離もそうですが、分野ごとの壁、政治、哲学、生命倫理だったりいろんな価値観がかなり近い位置にあるっていう状況は日本ならでは。そこでファッションという言葉に限定することなく、ひとつの身体表現というか、人間という概念にまつわる表現としてファッションをパッケージしたい。そこには舞台芸術も含みうると思います。もう少しだけ「狭視眼的」な目線になって、次の世紀に何をつないでいけるかを考えやすい環境が、現在の日本なのではないでしょうか。
小山 さきほど話したチェンは、ロンドンで教育を受けて、世界各地を拠点にして活動しています。彼からすると「中国のミレニアル世代を代表するアーティスト」と紹介されることに違和感があると言っているのですが、それは長見さんや山口さんも共感できるところでしょうか?
長見 グローバルであることと、「日本らしい」「中国らしい」ってことは真逆な話ではない気がしています。日本で育ったという環境は間違いなく影響していて、それを自覚している方がよほどグローバルたりうると思うんですよ。そういう意味では、僕は「日本らしい」という紹介のされ方は、そんなに抵抗がないです。むしろ、そう感じられなければグローバルになり得ない。
山口 現在の日本で、「日本」を意識して表現をしている人はそこまでいないかもしれないですけど、僕自身も、自分のアイデンティティーの居場所を、あえてグローバルな尺度で認めてもらう必要はないと思っています。なので、僕の活動を見て「日本らしい」という評価を頂けたとしたら、それは自分がやるべきことをやったということだと受け止めると思います。
鼎談を終えて
東京のファッションシーンの現在地を語っていただいた今回の鼎談。ファッション自体が新たな定義を求め「成熟」を迎えた東京に対し、「積極的」と表現された中国の実態はどうなっているのか。今回のフェスティバル/トーキョーの中国特集では、上海からファッション・ディレクターをゲストに迎えたトークも開催。ミレニアル世代のデザイナーの状況を語っていただき中国ファッションの動向を紐解く。
山口 壮大 (やまぐち そうた)
1982年、愛知県常滑市生まれ。文化服装学院卒(第22期学院 長賞受賞)。2006年よりスタイリスト、またミキリハッシン ディレクター として活動開始。2012年 渋谷PARCOに、次世代型セレクトショッ プ「ぴゃるこ」をオープン。ファッションディレクターとして、展示・イベント・ ファッションショーの企画を行なう。2013年より、ANREALAGEコレク ションにスタイリストとして参加。同年、「KORI-SHOW project」のク リエイティブディレクターに就任。2014年2月、パリ・ドイツにて同プロ ジェクト初となる展示会を開催。2015年にはKANSAI YAMAMOTOでクリエイティブディレクションを担当した。http://souta-yamaguchi.com/
長見 佳祐(ながみ けいすけ)
1987年、広島生まれ。2009年にエスモード・パリを卒業後、2010年に東京でHATRA(ハトラ)を設立。
居心地の良い服を作るユニセックスウェア・レーベルとして展開し、Future Beauty」(2012-2014年東京都現代美術館、京都国立近代美術館、シアトル・アートミュージアムほか)「KORI-SHOW」(2013年パリ・シャングリラホテル/2014年東京・ヒカリエ)「Dialogue without vision」(2016年横浜芸術劇場)などに出展。2016年に株式会社波取を設立した。http://hatroid.com/
フェスティバル/トーキョー17主催プログラム
アジアシリーズ vol.4 中国特集 チャイナ・ニューパワー
『チャイナ・ニューパワー — 中国ミレニアル世代 —』 トーク:写真、ユースカルチャー、ファッション、音楽
各分野の先駆者が自ら語る中国ミレニアルズとその近未来
日本のメディアがほとんど取り上げない、中国の今後を牽引するミレニアルズの実態をトークからも読み解く。「写真」「ユースカルチャー」「音楽」「ファッション」の4つのテーマのもと、今の中国のカルチャーシーン、ミレニアルズの動向をそれぞれのプロフェッショナルに聞く。
■「中国写真の世界 −ミレニアルズの写真家と自費出版の現状−」
日程:10/28(土)18:00 スピーカー:イエン・ヨウ You Yan(言 由)
■「インディビジュアライゼーション:チャイナ・ユースカルチャーの流れ」
日程:10/29(日)13:30 スピーカー:チャン・アンディン Zafka Zhang(張 安定)
■「ミレニアルズの音楽家 −彼らは世界に何をもたらすのか?」
日程:11/4(土)13:30 スピーカー:シェン・リーホイ Lihui Shen(沈 黎暉)
■「中国ファッション界とミレニアルズのデザイナーの現状 −彼らの想いとは?−」
日程:11/11(土) 14:00 スピーカー:リュウ・シンシャー Tasha Liu(劉 馨遐)
『忉利天(とうりてん)』 構成・演出・美術:チェン・ティエンジュオ
古代神×クラブミュージック。熱狂と混沌の中に立ち上がる「いま」
彫刻や絵画といったファインアートから、グラフィックやファッションのデザインまで、縦横無尽にジャンルを行き来し、東西の多様な文化をミックスアップ、サイケデリックかつポップな作品に昇華するチェン・ティエンジュオ。英国留学を経て、ヨーロッパのレイブ、クラブシーンにも精通する彼が、これまでに発表してきたライブ・パフォーマンスを、劇場作品としてリ・クリエーションする。神々が跋扈する古代の世界と現代のクラブ・カルチャーとが邂逅し、出現させるまたとない空間に身をまかせよ!
日程:11/10 (金)、11/11 (土)
会場 あうるすぽっと 詳細・チケット
『恋 の 骨 折 り 損 ―空愛①場― 』 作・演出:スン・シャオシン
虚無と現実が交錯する夢の時間=「堕落部屋」からの実況中継
インターネットやポップカルチャーに耽溺する若者たちを描いた、中国小劇場演劇の最新形。禁欲の誓いを立てた青年たちが美しい貴婦人らに翻弄されるシェイクスピア戯曲と同名の本作。その舞台はファンシーグッズで溢れかえる「堕落部屋」だ。携帯電話やパソコンのライブ配信を通じ、日々、目に見えぬ誰かと戯れる少女たち。その自堕落な暮らしは、混沌や荒廃を思わせるが、彼女たちにとっては、それこそがパステルカラーに彩られた夢の時間だ。観客など存在しないかのように、ただ流れていく時の中、舞台と客席、バーチャルとリアルの境界線がゆっくりと溶けていく−−。
日程 10月28日(土)、10月29日(日)
会場 スーパー・デラックス 詳細・チケット
『秋音之夜』
出演:リー・ダイグオ、シャオ・イエンペン、ワン・モン、ノヴァハート
日本初上陸の若手実力派ミュージシャンが集う贅沢な一夜
日本ではなかなか紹介されることのない、中国ミレニアル世代のミュージシャンを一堂に集めた音楽イベント。伝統楽器の琵琶、二胡の傍ら、ウッドベースやチェロ、口琴までも自在に演奏するリー・ダイグオ、VJワン・モンの映像とともに五感を刺激する空間をつくりあげるエレクトロニック・ミュージシャン、シャオ・イェンペンのほか、エレクトロ・ポップ・バンド、Nova Heartが参加し、アコースティック、エレクトロニック、バンドサウンドと、テイストの異なる、新世代の音の競演を繰り広げる。。
日程 11月3日(金・祝)、11月4日(土)
会場 スーパー・デラックス 詳細・チケット
フェスティバル/トーキョー17 演劇×ダンス×美術×音楽…に出会う、国際舞台芸術祭
名称: フェスティバル/トーキョー17 Festival/Tokyo 2017
会期: 平成29年(2017年)9月30日(土)~11月12日(日)44日間
会場: 東京芸術劇場、あうるすぽっと、PARADISE AIRほか
舞台芸術の魅力を多角的に提示する国内最大級の国際舞台芸術祭。第10回となるF/T17は、「新しい人 広い場所へ」をテーマとし、国内外から集結する同時代の優れた舞台作品の上演を軸に、各作品に関連したトーク、映画上映などのプログラムを展開します。 日本の舞台芸術シーンを牽引する演出家たちによる新作公演や、国境を越えたパートナーシップに基づく共同製作作品の上演、さらに引き続き東日本大震災の経験を経て生みだされた表現にも目を向けていきます。
こちらもお読み下さい
ディレクター・メッセージ: フェスティバル/トーキョー17開催に向けて 「新しい人 広い場所へ」