フェスティバル/トーキョー トーキョー発、舞台芸術の祭典
第三部の『天国篇』は、ライブ・インスタレーションの形式をとっており、観客は一人ひとりが孤独に作品と向き合うことになる。それはまるで鏡に映る自分の姿を見るようでもある。原作では「天国」は神の究極の愛、光へと近づくための旅の章であるが、カステルッチの「天国」は否定的な光である。水を大量に使用した巨大なブラック・ボックスの中に入った観客は、暗闇に目が慣れるにつれ、ゆっくりとその姿を見ることができる。しかし「これは一番残酷な篇だと思う」とカステルッチ自身が語るように、そこには、人間は決して天国に歓迎されないという世界観が示されている。
イタリアの異才アーティスト、ロメオ・カステルッチ率いるソチエタス・ラファエロ・サンツィオは、1981年、ロメオ・カステルッチ、クラウディア・カステルッチ、キアラ・グイディによって設立されたアーティスト集団である。グループ名はイタリア・ルネサンス期を代表する画家ラファエロ・サンツィオにちなんで命名され、演劇、美術、音楽、身体表現、文学など、あらゆる芸術ジャンルを横断しながら独自の舞台言語を創造、展開してきた。 一度観たら忘れられない強烈なイメージと比類なき造形美、"生"の力強さや残忍さ、人間存在のゆらぎをも舞台空間に出現させる圧倒的な力は、ヨーロッパのみならず世界中からも大きな称賛を受け、現在の世界のアートシーンを牽引するグループの一つに数えられる。
08年アヴィニョン演劇祭のアソシエート・アーティストに任命されたカステルッチが挑んだのは、出身国イタリアで、イタリア文学最大の詩人とされ、ルネサンスの先駆としても大きな足跡を残したダンテによる『神曲』だった。「『神曲』を上演することは、不可能なプロジェクトに違いない」としながらも、カステルッチは、ダンテの『神曲』の解説や舞台化を志すのではなく、自らがダンテ自身になることによって、この壮大な古典に向き合う。 過去の傑出した作品をこの時代に置き換える試みは「記念碑をたたえる葬儀のようなやり方である」と語るカステルッチが、敢えて今『神曲』に挑むのは、そこに我々の時代にも属する力、普遍性を見出したからである。 鮮やかで強烈な想像力を持って、カステルッチは「神曲」を今日の形而上学として再構築する。
劇 評より (2008年アヴィニョン公演)
この作品によって引き起こされた深い心の混乱を述べるのに、何から始めればよいのだろうかー。
カステルッチはダンテの「神曲」をなぞるのではなく、自らの「神曲」を創造する。