舞台公演にとどまらず、演劇を越境する試みで注目を集める高山明とPort B(ポルト・ビー)。これまでの活動の集大成として、フェスティバル/トーキョーで代表作 2作品を再創造・同時再演する。 池袋を舞台とするツアー・パフォーマンス『サンシャイン63』と表裏の関係にあるのは、ノーベル賞作家イェリネクの『雲。家。』。「家」を探し求める「わたしたち」のモノローグが紡がれる中、舞台上に浮かび上がるサンシャイン60…。国家、民族、歴史、大地、故郷、身体、生と死。「わたしたち」という在り方を批判的に問う言葉は舞台上に現れては消える声となり、知覚と記憶を強く揺さぶり続ける。2007年3月の東京国際芸術祭で初演されたPort Bの 代表作、バージョンアップしての待望の再演!
2004年にノーベル文学賞を受賞したオーストリアの作家、エルフリーデ・イェリネク。彼女が1988年に発表した僅か40ページのテキスト『雲。家。』は、通常の意味での「戯曲」からはかけ離れている。言葉のほとんどは高名な詩人や哲学者の引用で織り成され、登場人物や場所の指定、作中のト書きは一切なく、ただ「わたしたち」という主語をもつ言葉が24に区切られた断片をひとつまたひとつと紡ぎ出すだけ。その「わたしたち」が狂ったように追求するのは、「わたしたち」の「家」はどこにあるのかということ。人種差別、外国人排斥、愛国心、祖国のための死といったテーマに触れるそのテキストは、「わたしたち」という言葉によって、人間の集団、共同体の在り方への問いを投げかける。
最初から最後までひたすらイェリネクのテキストを読み上げる女性パフォーマーの存在感は圧倒的だ。荘重に空間を満たしていく「わたしたち」「大地」「家」「民族」「帝国」の賛歌は、しかし、その〈声〉のパフォーマティヴな強度ゆえに、字義通りの意味を存在論的な倍音により揺さぶり、もう一つの〈大地〉、もう一つの〈家〉、もう一つの〈わたしたち〉へと、連れ去っていく。〈声〉の力への陶酔が、存在の存在への開かれへと覚醒していく。
熊倉敬聡(慶應義塾大学教授/文化実践論)