フェスティバル/トーキョー F/T コンセプト

フェスティバル/トーキョー
プログラム・ディレクター
相馬千秋

ここに誕生するフェスティバルは、フェスティバル/トーキョーという。 スラッシュでつながれた「フェスティバル」と「トーキョー」。その間には、いくつもの関係性を想像することができる。フェスティバル・オブ・トーキョー、フェスティバル・イン・トーキョー、フェスティバル・フォー・トーキョー、フェスティバル・アバウト・トーキョー、フェスティバルVSトーキョー、フェスティバル・ビヨンド・トーキョー・・・・その答えは、このフェスティバルに参加するすべての人の問いかけと同じ数だけ存在する。フェスティバル/トーキョーは、ちょうどこのスラッシュが象徴するような多様な関係、決して単純化することができない二つのものの“つながり”を共に想像し、議論し、共有する場でありたい。その交換と対話のプロセスから、あたらしい価値を生み出していく「場」としてのフェスティバル。それが、ここに誕生するフェスティバル/トーキョーの基本となるコンセプトである。

ここに世界中から集う同時代のクリエーションは、そうした「場」としてのフェスティバルに、たくましい想像力を持ち込み、ときにその場を過激に挑発し、ときに鮮烈に覚醒させるものであるに違いない。私たちがこの場で向き合おうとしている表現の多くは、ある特定の空間と時間だけの再現可能性を前提とする舞台芸術と呼ばれている。これだけメディアが多様化し、情報伝達が単純化・高速化する今日、「その場、その時間」を共有することでしか成立しない舞台芸術だけが伝えうるものとは何か? そして、その力とはどういうものなのだろうか? フェスティバル/トーキョーは、常にこの問いを自問する場でもある。

記念すべき第一回のプログラムは、こうしたフェスティバルの理念をそれぞれの手法で体現してくれるであろう19演目が集うことになった。フェスティバル/トーキョーが主催するものが14演目、同時期に都内の劇場で開催される参加作品が5演目。そのうちフェスティバル/トーキョーが主体となって製作(プロデュース)する作品が3作品、他の劇場・劇団等と共同製作(コ・プロデュース)する作品が同じく3作品、新作(クリエーション)が9作品となっている。実際には、アーティスト・出演者の数だけでも300名以上、スタッフやボランティアも入れると500名を超える人々がそれぞれに固有の表現を持ち寄ってくれることになる。

これらの演目が揃いフェスティバルの輪郭が見えてきたとき、「あたらしいリアルへ」というキーワードが生まれた。自分が生きる現実とどう向き合うか、それをどう描くか、そこからいかに超越するか、といった問いはそもそも芸術表現の普遍的テーマのひとつであるが、私たちと同時代につくられた作品には、その探求のしるしがいかに刻み込まれているのだろうか。フェスティバル/トーキョーに集まるすべての作品は、それぞれのアーティストが捉えたリアルを、さらに来るべき時代へと進化させようとする意思の結実ともいえる。ロメオ・カステルッチが描く世界は“生”の美しさと暴力性が共存するリアルであり、松井周が描く日常ではリアルが突如反転する。天児牛大の描く「少年の夢」は30年の時を超えてなお輝きを増す超越的リアルであろう。「いま・ここ」に集ったこれらの作品たちは、いかに私たちを「あたらしいリアル」へと導いてくれるのだろうか。

また今回のラインナップでは、プロフェッショナルな俳優ではない人々が舞台に登場することを一つの特徴とした作品群を集中的に上演する。蜷川幸雄率いるさいたまゴールド・シアターでは55歳以上の劇団員たちが、飴屋法水が演出する『転校生』では静岡に在住する現役女子高校生たちが、そしてリミニ・プロトコルによる『カール・マルクス:資本論、第一巻』では実物の経済学者や革命家、労働者たちが、自らの実人生を背負いながら舞台に登場する。彼らのリアルな存在感は、舞台という特権的な場をどのように変容させるのだろうか。また高山明による『サンシャイン63』では、すでにそこにある都市の風景や歴史が作品を構成し、観客ひとりひとりがパフォーマーとなる。このように現実のドキュメンタリー性を前提とした作品を集中的に上演することで、演劇と現実のあたらしい共犯関係を目撃することはできないだろうか。

一方、フェスティバルは発表(プレゼンテーション)の場だけではなく、創造(クリエーション)の場であるという明確な意図のもと、芸術的方向性を同じくする世界中のフェスティバルや劇場、劇団との連携により、共同製作による作品の創造・普及を推進していく。文化の多様性や表現そのもの価値を担保する新しい作品の創造とその世界的な普及に深くコミットすることで、世界と日本、あるいは地方と東京を繋ぐイニシアティブとしての役割を果たしていきたい。イ・ユンテク演出による日韓コラボレーション、平田オリザ、シルヴァン・モーリス、アミール・レザ・コヘスタニが3人で取り組む新作、井手茂太によるタイのダンサーたちとの共同作業は、それぞれのパートナー国での巡回公演を視野に入れた意欲的な国際共同によって実現する。さらに白井剛振付の新作では京都芸術センターと、松田正隆の新作では劇団マレビトの会との共同製作を行い、国内の劇場・劇団との共同製作の新たな形を提案したい。

さらに演劇系大学が集う「演劇/大学09春」では、各大学が育んだ才能・思想・プロセスを反映した作品を学外に向けて問い直し、共に議論することで、教育の現場から演劇そのものの未来を探っていく。またフェスティバルのメイン会場がある池袋西口公園では「場としてのフェスティバル」の理念を体現すべく、誰もが集まれるフェスティバル・ステーションを地域との共同で運営し、ゆるやかな対話の場を実現していく。ほかにもシンポジウムやトークなど多彩な周辺プログラムが毎日のように開催され、賑やかで濃密な1ヶ月になることだろう。

私たちが生きる今日の社会や都市が生む多様な問題意識や価値観がぶつかり合い、ときに共鳴しあい、ときに批評しあいながら、私たちの同時代に真にリアルなもの、真に切実なものを表現としてつむぎだしていく「磁場」のようなもの。それが、フェスティバル/トーキョーの理想形だ。そして、その場はすべての人に開かれている。そこにどれだけの表現者、参加者が集い、どれだけ強度な「その場、その時間」を共有することができるだろうか。その挑戦は、ここに誕生するフェスティバルにかかわるすべての人のアクションの中に、すでに始まっている。

相馬千秋

1998年早稲田大学第一文学部卒業後、フランスのリヨン第二大学院にてアートマネジメントおよび文化政策を専攻。現地のアートセンター等で経験を積んだ後、2002年よりアートネットワーク・ジャパン勤務。東京国際芸術祭「中東シリーズ04-07」をはじめ、国際共同製作による舞台作品や関連プロジェクトを多数企画・制作。06年には横浜市との協働のもと新しい舞台芸術創造拠点「急な坂スタジオ」を設立、現在までディレクターを努める。07年より早稲田大学演劇博物館グローバルCOE客員講師。東京国際芸術祭2008プログラム・ディレクターを経て、フェスティバル/トーキョーのプログラム・ディレクターに就任。