いま、私はパリ近郊のジュヌビリエという街にいます。パリ市のすぐ外側、地下鉄の終点近くの街ですので、北千住とか三鷹といったイメージでしょうか。
今年の冬は、フランスで二本新作を作っています。
すでに一本目の新作『ユートピア?』(『Des Utopies?』)は、ブザンソンでの公演を無事終了しました。
この作品を作るために、日本側の俳優たちは12月7日から、私自身も『サンタクロース会議』が初日を開けてすぐの12月15日から、スイス国境の町ブザンソンに滞在していました。
この作品は、1月28日に初日を迎え、ブザンソン国立演劇センターで一週間の公演を終えたあと、俳優陣はいったん帰国、さらに3月末にはフェスティバル/トーキョーでも上演され、四月にはフランス国内五都市を巡演します。
『ユートピア?』は、ブザンソン国立演劇センターの芸術監督シルヴァン・モーリスと、イランの新進演出家アミール・レザ・コヘスタニと私の三人の共同演出によるオムニバス作品です。
三人が、それぞれの国の俳優三名を引き連れて、この企画に参加し、合計九名の俳優を使って、三カ国語(実際には英語も使うので四カ国語)の芝居を書きました。
私のパートは、『クリスマス・イン・テヘラン』という独立した戯曲で、テヘラン郊外のスキーリゾートでクリスマスを祝う三カ国の人々の生態が描かれています。
私の仕事は、比較的きっちりとした構成の五十分ほどの舞台を仕上げることでした。
それに対して、続いて上演されるアミールの作品は、私の舞台の裏側、楽屋での騒動を描いています。ここでは、異文化の衝突が多少の誇張をもって描かれいて、前半の私の舞台と鮮やかな対比を見せます。今回、この役割分担は、大きく成功したのではないかと思っています。
劇中劇とも言える前半の舞台で比較的リアルな世界を構築し、後半の舞台裏でカオスを描くことで、バックステージものの、ある種の限界をすり抜けることができたのではないかと手応えを感じています。
シルヴァンは、プロローグとエピローグを担当し、この二つのお芝居を作る演出家の妄想が舞台に展開します。このように三つの作品が入れ子状になって、いわばメタ・メタ演劇の構造をなしているわけです。
ブザンソンでの公演は大変好評で、すでに来シーズン以降のフランス国内巡演の準備が始まっています。フランスでは、シーズンをまたいで再演が決まるかどうかが、成功の一つの目安とされます。私が一昨年、ティオンビル・ロレーヌ国立演劇センターのために書き下ろした『別れの歌』は、今年三シーズン目の国内巡演に入りました。
さて、私たち夫婦は、ブザンソンでは、ヴィクトル・ユーゴの生家に暮らしていました。
フランスでは、それぞれの地方の国立演劇センターは、そこに滞在するアーティストのために、地元のアパートを何軒か借り上げています。ブザンソン国立演劇センターは、なんと豪勢なことに、ヴィクトル・ユーゴの生家を所有しているのでした。
まぁ、生家といっても、ユーゴの家がブザンソンにあったわけではなく、妊娠中のヴィクトルの母親が、旅の途中に、この街で出産をしたということのようです。生家全体は、とても大きく、私たち二人に与えられている部屋も、稽古場にできるくらいの大広間と、二つの寝室を持っています。
ブザンソンは寒かったですが、自炊もできたので、非常に快適な日々でした。
ブザンソンの公演が終わって、私はパリに移動、すでにもう一つの新作フランス語版『砂と兵隊』の稽古に入っています。次回は、その稽古の模様もお伝えしたいと思います。
(青年団HP「主宰からの定期便」より)